付加価値志向のコンサル・士業者の必読の書「年間報酬3000万円超えが10年続くコンサルタントの教科書」(by 和仁達也)

本書は、中小企業を対象として年間報酬3000万円を超えるコンサルタントになるための「教科書」です。現役コンサルタントコンサルタントを目指している方だけでなく、「安さ優先」の価格競争ではなく「付加価値優先」の価格競争を志向する士業者にも向けられた本であり、中小企業を顧客とする士業には色々と考えさせられ、参考になる本です。

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「年間報酬3000万円超の独立系コンサルタント」のゾーンを目指す

世の中には、年間報酬1000万円未満のコンサルタントが数多くいる一方で、大前研一みたいな年間報酬1億円超の「大御所」「戦略系コンサルタント」もいます。

ただ、「大御所」「戦略系コンサルタント」が高額の報酬を受け取ることができるのは、そもそも顧客企業が高額報酬の支払が可能な大企業であり、また、そのコンサルタントに「過去の実績」や「ネームバリュー」などといった高額報酬を正当化するバックグラウンドがあるからです。そのため、

ほとんどの人は、「戦略系コンサルタント」や「大御所」を目指すことは極めて困難だということです。(26頁)

ところで、「年間報酬1000万円未満のコンサルタント」と「年間報酬1億円超の大御所・戦略系コンサルタント」の間には、「年間報酬3000万円超の独立系コンサルタント」というゾーンがあるそうです。「年間報酬1000万円未満のコンサルタント」は、「年間報酬1億円超の大御所・戦略系コンサルタント」ではなく、「年間報酬3000万円超の独立系コンサルタント」を目指すのが現実的だということのようです。

なぜ「年間報酬1000万円未満のコンサルタント」から抜け出せないのか

年間報酬1000万円未満のコンサルタントから抜け出せないのは、受け取る報酬が安いから、ということのようです。

個々のコンサルタントのキャパシティの限界を考えると顧客数は10社が限界。なので、報酬月額を5万円~10万円とすると、自ずと、年間報酬が1000万円いくかいかないか、という程度になってしまい、「年間報酬3000万円超の独立系コンサルタント」にはなれない。

そうなると、「顧客数を増やすか、それとも単価を上げるか」ということになりますが、広く浅く付き合いたいのであれば効率化して数を増やす方向になり、狭くても深く付き合いたいのであれば単価を上げる方向になります。

著者は後者を志向し、そのための様々なヒントを本書に盛り込んでいるわけです。

報酬額を上げるにはどうすればよいか

ターゲット選びで報酬も決まってしまう

狭くても深く付き合う方向で「年間報酬3000万円超の独立系コンサルタント」になるためには単価を上げる必要があるわけですが、ターゲットとするクライアントを選んだ時点で、報酬も自ずと決まってしまうとのことです。

個人の場合は、高額の報酬を支払うことはそもそも難しく、1時間のカウンセリングに5000円を払うのも勇気が要ることすらあります。

他方で、企業や企業経営者であれば、そのコンサルティングが利益に繋がるのであれば、経費として5万円くらい払うのも問題ないことがほとんどです。

なので、個人をターゲットして報酬単価を高額にするのはそもそも無理であり、単価を上げて「狭くても深く」を志向するのであれば、高額報酬の支払が可能な企業や企業経営者をターゲットにすべきだということのようです。

 商品化しないとタダになってしまう!

コンサルティングのような無形サービスは目に見えないので、対価を払ってもらうためには、きちんと商品化することが非常に大切です。

僕が手掛けているコンサルティング・ビジネスは、無形サービスを商品としてパッケージ化することが重要です。なぜなら、扱っているものが形もないし目にも見えないので、きちんと名前と価格をつけて商品として打ち出さないと、どんなに素晴らしいことをしていても、無料奉仕になってしまいかねないからです。(238頁)

まさに無料奉仕に忙殺される多くの士業がうなずくところではないかと思います。

なお、商品化するときには、その商品化が自己満足にならないよう注意する必要があるとのことです。それが誰にとって何の役に立つのか、なぜその代金を払うのか、なぜあなたでなければならないのか、を明確にすることが大事だとのことです。

伝わらなければ報酬はもらえない

そのコンサルタントがどれだけ専門的な知識や技術を持っていても、その価値がクライアントに伝わらなければ、報酬はもらえません。

ですので、知識や技術だけでなく、表現力や観察力も高め、価値を見える化することが大事だということのようです。

実際、年間報酬1000万円未満の経営コンサルタントに聞いてみるとわかりますが、ほとんどの場合、「あなたのクライアントは、なぜあなたの望む報酬額を支払っても、それ以上のリターンを得られるのか?」を明確に説明できないのです。(28 頁)

何と比べられるかは自分で決める

クライアントへの要望は「先に言えば説明、後で言えば言い訳」(158頁)

料金を説明する際、クライアントが「税理士の顧問みたいなものかなぁ。税理士だと月3万円~5万円くらいだから、コンサルタントもそれくらいかなぁ。」と考えていた場合、「月額15万円です」と言うと、「高っ!」となります。

しかし、先に「会社のNo.2の幹部を社外で採用するようなものだ」と説明していれば、「幹部の役員報酬だと50万円~100万円くらいはするから、コンサルタントもそれくらいはかかるのかなぁ。」となり、そこで「月額15万円です」と言うと、「安っ!」となります。

つまり、何と比べられるかを相手任せにせず、自分から提示することが大事だということのようです。

もっとも、これをテクニックとして口先だけで言ってもうまくいかず、実態が伴っていなければ、かえって失望や怒りすらもたらすので、自分のあり方をきちんと整えておくことが大前提であると著者は注意喚起します。たしかに、「会社のNo.2の幹部を社外で採用するようなものだ」と言っておきながら、全然幹部のような価値をもたらさなければ、だましたな!と怒られて当然です。

どのように始め、どのように軌道に乗せるか

著者は、どのようにしてクライアントの信頼を得て、依頼を獲得していくか、ということについても、自身の経験を踏まえた様々なヒントを本書に盛り込んでいます。

なぜお前なのか?

著者は、こんな残酷な真実を突きつけます。

社長、とりわけビジョンに向かって向上心のある社長というのは、基本的に「人に上から目線で教えられたくない」人種だと僕は思っています。
だからこそ、「何を言われるか」も大事ですが、それ以上に大事なのは、「誰に言われるか」なんです。つまり、「この人の話なら聞いてみたい」と思わせる正当性が重要なんです。(73頁)

つまり、「自分にそのことを語る資格はあるのか?」という正当性を意識するようになったんです。(75頁)

そのため、なぜ自分なのかという正当性を説明できるようになれ、ということなのですが、これは、言うは易く行うは難しというヤツだと思います。特に経験が少なければ少ないほど難しいですが、残酷な真実から目を背けず、考え抜く必要があるということのようです。

アドバイスしない

著者は、滅多にアドバイスしないそうです。

世の中のコンサルタントでアドバイスする人はたくさんいます。でも僕は、滅多にアドバイスをしません。(114頁)

上述のように、経営者は人に上から目線で教えられたくない人が多いので、特に若くして独立した著者が上から目線でアドバイスしても誰も聞いてくれないということなのでしょう。大前研一のような大御所であれば別ですしょうが、そうでなければ、年齢にかかわらず、上から目線での助言が歓迎されるようになるのは難しく、そのような状態を目指すべきではないのかも知れません。

著者が述べる著者のスタンスは、むしろ、クライアントと一緒に寄り添いながら問題解決をする姿勢に近いものがあります。その場合のコンサルタントの存在価値は、適切な質問をしたり、新たな着眼点を提供したりしながら、問題を認識し、言語化・明確化し、深く検討し、解決していくことをお手伝いすることにあるようです。

コンサルタントの仕事は、クライアントの状況を正しく把握するのが、仕事の8割だからです。状況を正しく把握し、クライアント本人とも共有できたら、その時点で8割は解決したようなものです。(116頁)

お悩みトップ3と解決策を言えるか?

著者は、独立後3か月で4社から依頼を受けることができたそうです。その理由として述べているところをみると、最初のターゲットをきちんと選んだということもありますが、面談の際に社長に気持ちよくしゃべってもらった上で、

「社長、これだけ順調にいっていると、悩みなんか、ないですよね?」(84頁)

と言って、お悩みを引き出していたそうです。 

コンサルタントは問題解決が仕事ですので、問題があると言ってもらわないと始まらない、ということなのでしょう。

問題解決が仕事である以上、お客さんがどんな問題を抱えているのか知っておくことは非常に大切だとのことです。

みなさんが対象とする見込み客のお困りごとトップ3を明確に言えるようにしておくことです。これは営業で成功するにはとても重要です。(90頁)

その上で、そのようなお困りごとに対して、このような解決策がある、このような解決例がある、ということを話せば、興味をもってもらえること間違いなし、ということのようです。 

過剰な期待や誤った期待を持たれないようにする

著者は、顧客に誤った期待を持たれないようにすることが、サービスの質の向上と同じくらい重要だといいます。

「サービスのクオリティの向上に努める」っていうのはもちろん大切ですが、それと同じくらい重要なことです。
それは、「事前期待をマネジメントする」発想を持つ、ということです。(202頁)

これはトラブルの原因としてよく見聞きする「あるある」ですが、あらためてこう明示的に注意喚起する指摘はあまりないので、有益な指摘だと思います。 

その他にもヒントが盛り沢山

他にも、「成果を振り返る」「踏み込んだ質問をすることを予告しておく」などなど、クライアントとの信頼関係を構築して依頼を受けていくために重要な様々なヒントが本書に盛り込まれています。

ビジネスモデルを確立する

年間報酬3000万円超の独立系コンサルタントを目指すためには、「見込み客 ⇒ 顧客化 ⇒ リピート ⇒ 拡散」という流れが継続する仕組み(ビジネスモデル)を確立することが必要だとのことです。

本書では、「顧客獲得型セミナーモデル」「紹介システムモデル」など、様々なパターンのビジネスモデルが紹介されていますが、なかでも、著者自身が採用している「営業のじょうご構築モデル」は非常に示唆に富み、参考になります。

著者は、年々少しずつ「営業のじょうご」の厚みを増していったそうです。その結果、独立2年目の著者の「営業のじょうご」は、

自分主催の飲み会

⇒ クライアントや知人の紹介

⇒ 個別コンサル

だったものが、独立14年目には、

メルマガ、ブログ、FacebookツイッターUstreamYouTube
⇒ ホームページ
⇒ 本、CD&DVD教材
⇒ セミナー、ビジネスモデル構築合宿、ジョイントベンチャー企画
⇒ 電話顧問サービス
⇒ No.1コンサルタントスター養成塾、キャッシュフローコーチ養成塾
⇒ 個別コンサル、VIP合宿プログラム

というものになっているそうです。

こういう仕組みを確立するのが大事だということで、非常に考えさせられます。

コンサルタント・士業者には必読の書

以上のほかにも、本書には、コンサルタントや士業にとって非常に参考になる内容がたくさん盛り込まれています。
著者が「読むたびに新しい発見があるようにつくり込みましたので、少なくとも3回以上は読み返してお楽しみください。」(288頁)と述べるとおり、何度も読み返しながら考えるのにお勧めです。

 

勉強ができる人が考えていることをトレースする「知の整理術」(by pha)

本書は、著者であるphaさんによる、勉強法に関する本である。
本書は、「phaさんが、なぜ、何だかんだ、うまくいってるのか」という、問題提起を行い、それに答えるものである。ちょっとこそばゆい問題提起だが、著者の学歴や経歴・活躍を考えると、どのようなことが書いてあるのか気になる本である。

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めんどくさいの力

本書で紹介されている勉強法自体はそれほど珍しいものばかりではないが、説得力があるのは著者のスタンスだ。著者は、著者がうまくいっているのは、人より我慢強さがないため、しんどいことを避ける方法を知っており、また、勉強を楽しむやり方も身につけていたからであるという。
著者は、めんどくさいという気持ちや惰性が強敵であるという。

「めんどくさい」とか「惰性」とか、今までの習慣をそのまま続けようとする習慣、こいつらの力はかなり強い。(8頁)

そして、これを克服するためには、習慣の中に勉強を取り込んでしまうなどして、習慣の力を使うべきだという。

僕が好きなことわざは、「門前の小僧習わぬお経を読む」だ。(10頁)

私が好きなことわざは「鴨が葱背負って来る」だが、「門前の小僧習わぬお経を読む」も好きになった。

楽しんでいる人をコピーする

著者は、勉強を楽しんでするべきだといい、そのコツとして、それを楽しんでいる人になりきることが有効だという。

人間の脳の中には、「ミラーニューロン」という、他人の行動をマネしたり共感したりするための神経回路があると言われている。他人の行動を見たり話を聞いたりすると、ミラーニューロンを使ってその他人が行動しているときの感覚を自分の中に取り入れることができる。このミラーニューロンを使うのが、学習には大事なのだ。(26頁)

なるほどと思うが、これって例えばどういうことなのか、実際やってみようとするとちょっと難しい。英語の勉強に関していえば、英語を楽しんで勉強している人をトレースする、という感じだろうか。

興味を持つ

著者は、インプットを高めるためには、対象に興味を持つことが大事だという。当然だと思うが、そのような興味を持つことが難しいときもある。
そんなとき、著者は、このような方法を進める。

そういうときに考えるといいのは、「自分にとってどんなにおもしろくなさそうな物事でも、それをおもしろがってやっている人間がたくさんいる」ということだ。だからこそ、そのジャンルは世界に存在している。(66頁)

確かにそのとおりだ。今、バッタの研究をしている人の本を読んでいるが、バッタの研究をおもしろがってやっている人間がいるなど考えたこともなかった。バッタについて勉強しなければならなくなったときは、ぜひ、バッタ博士の存在を思い出し、バッタ博士をトレースしてなりきって勉強したい。

本は自分を映す鏡

読書についても、著者は、心強いことを言ってくれている。
本は、読み手側の想像で埋める部分が大きいので、「自分を映す鏡」である。どこに注目するか、どこが印象に残るかも、そのときの読み手によって異なるが、それでいいのだ、と言ってくれている。

要は、「みんな自分の見たいものしか見ない」ということでもある。読書なんてものはそういうものだし、それでいいのだ。(108頁)

最近、読み始めた本を最後まで読めず、また別の本を読み始め、さらにその本も最後まで読めず、という感じで、読みかけの本が大量に貯まっている。これじゃあだめだと思って頑張って読もうとしていたけれども、読みたいことが書いてないから読み続けられないのかも知れない。そんな読書状況は、自分を反映していたのかも知れない。まあでもそれはそれでいいのだろう。

ツイッター、ブログ

著者はアウトプットの重要性にも言及するが、具体的にアウトプットをするための方法についての話が面白い。
アウトプットが面倒なときは、まず、雑でもいいので、頑張ってツイッターで思いついたことを投稿する。それを続けるだけで一定のまとまった文書になることもあるが、そんなこと考えなくてもいいので、とにかく投稿する。
これはすごくいいと思う。アウトプットが面倒な自分にはぴったりだ。

そして、ある程度まとまった話をアウトプットするのは、ブログだという。著者のブログの位置づけがすばらしい。

そこで、基本は自分用だけれど他人の目も少し意識する、という中途半端なスタンスが取れるのがブログのいいところだ。
要は、ブログは「他人に見られてもいい自分用の勉強ノート」だ。(144頁) 

他人に見られてもいい自分用の勉強ノートだと考えると、今後、自分のブログもはかどりそうだ。

勉強について考えたい人にお勧め

このように、本書は、勉強についての著者の考え方やアイデアが様々語られている本である。著者の考え方を参考にして勉強について考えてみたい、という方におすすめである。

みんなが幸せになる社会を考える「なめらかなお金がめぐる社会」(by 家入一真)

この本は、クラウドファンディング「CAMPFIRE」の代表に復帰した著者が、今考えていることを語る本である。

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若者の世界観を理解するおっさん

この本の面白いところは、著者の立ち位置である。おそらく、著者は、上の世代の昭和っぽい世界観にも揉まれて、少し前からのITバブル世代的な価値観にもどっぷり浸かった立場にありながらも、その下の世代の価値観を理解して吸収していて、時代の変わり目の真ん中という絶妙なバランスの位置に意図せず立っているのではないかと思う。著者は1978年生まれで、若くして大成功を収め、その後、なんだかんだ色々あって今に至るらしく、そのような経験の結果そうなったのかも知れない。
本書の中の谷家衛氏との対談でも、そのような言及が出てくる。

くり返しになるけど家ちゃんの考え方とか存在が大好きで今の若い人たちが思い描いている世界観を、一番理解し、そして体現していると思うのが彼。(188頁)

著者も、自身がそのような時代の変わり目にいることに言及している。

「豊かになることが正解であり、幸せの近道であり、国も会社も個人も町もみんな豊かになっていこう」という価値観を持っているのは、おそらく僕たち76世代が最後の世代なんじゃないかと思う。(40頁)

こういう著者の立ち位置が、本書を面白くしている。

みんなが幸せになるためには

本書は、海士町という田舎の港町の話から始まる。この町は20代から40代の若い人の移住者が多いそうだ。移住者は、海産物をインターネットで販売したりして暮らしているが、必要以上に稼ごうとはせず、暇なときは朝から海を眺めてビールを飲んだりしながら、のんびり暮らしているという。
著者は、彼らの考え方に心を動かされる。

そして、何より僕の心を動かしたのは、この島で暮らす移住者たちが今のライフスタイルを手に入れるために、「自分はどんな生き方をしたいか?」という問いから逆算していることだ。(26頁)

著者は、人々が幸せに暮らしていけるにはどうしたらよいか、本気で考えている。
そして、人々が幸せになるためには、人々が、この移住者のように、自分のやりたいことをでき、自分の生きたいように生きることができるようにする必要がある、と考える。

幸せとは何かと考えたら「自分のやりたいことができる」ということなんじゃないか、と思う。だとすれば「いい社会」とは「各自が自由に、自分の幸せを追求できる社会」と言うことになる。(48頁)

資本主義のアップデート

ところが、現実は、やりたいことができず、生きたいように生きられていない人が多い。今の自分ではない誰かになりたい、ここではないどこかに行きたい、という思いに人生を振り回されている人がたくさんいるという。これは、行きすぎた資本主義であり、「穴」であるという。

ここで、「資本主義はダメだ!」論や、「お金なんて不要だ!」論に走らないのが、著者が大人で、すごいところだ。やりたいことをするためにはお金が必要であり、お金を得るための仕組みが必要だ。

多くの人は、人生の多くの時間を好きでもない仕事に費やすのか?
それは、お金生活費を稼ぐ手段がないと思い込んでしまう世の中があるからだ。
なぜ多くの人は、富や権力に取りつかれてしまうのか?
それは、富や権力は自己実現の可能性を広げる唯一の選択肢だと思い込んでしまう状況があるからだ。
なぜ多くの人は、大きなものに依存してしまうのか?
それは、自力で生きていくことは限られた強い人にしかできないと思い込んでいるからだ。人が生きづらさを感じる瞬間というのは、既存の社会にお膳立てされた仕組みや価値規範にフィットしないときに多い。
だから僕は選択肢を増やしたい。(141頁)

やりたいことができない現実を改善し、みんなが幸せになるために、選択肢を増やす必要がある。そして、選択肢を増やすためには、資本主義のアップデートが必要である、と著者は主張する。クラウドファンディングは、そのようなアップデートのための方策の1つだったのだ。

今の日本の資本主義における機会の平等は、まだ完全ではない。
そもそも競争を前提にしているし、その競争のスタートラインに立つことまでの平等はある程度実現しているけれど、そこも完璧ではない。そして、競争から一度脱落したら復活するのも大変だ。
こうした機会の平等の「穴」を一つ一つ埋めていくことが、良い社会を作ることだと思っている。その意味では、クラウドファンディングと言う新しい資金調達の仕組みは、かなりの数の「穴」を埋める可能性を持っている。(88頁)

著者がクラウドファンディングを立ち上げたのは、やりたいことをするための資金調達を容易にすることによって、人々の選択肢を増やし、もって人々を幸せにするためだったのだ。これこそが、著者のいう「なめらかなお金がめぐる社会」なのだ。

論旨は明快であり、著者が、本当に、人々、特に、今の社会に馴染めていない人々の幸せを真剣に考えていることがよく分かる。

ヒントになりそうなアイデア

なお、本書には、著者の思いつきがところどころに記載されていて、これもなかなか面白い。

常識を取り払ったマネタイズ

有料だったものを無料にするとか、もらうのではなく払うとか、お客からの支払い先をあえて自分にしないとか、日本円で貰わないとか。
そこにイノベーションを起こすアイデアが隠れている気がしている。(75頁)

某お店も、入店したら逆にお金ををもらえることにして、推しの人に歌ってもらったら店じゃなくて推しの人に仮想通貨を払う、っていうのはどうだろうか。

人生定額プラン

たとえば月3万円で衣食住がカバーできるような逆ベーシックインカム制度みたいなものだ。(94頁)

衣食住の食だけでも、学生街で月1万円で朝食食べ放題とか、オフィス街で月1万円でランチ食べ放題というのはどうだろうか。某ラーメン屋は、月3500円でシメのラーメン食べ放題というのはいけるかもしれない。

月々プラン

プロジェクトオーナーによっては月額で少しずつ集めたいと言う人もいる。例えばNPO等は、実は毎月の運営維持費を確保することの方が切実な問題であったりする。(148頁)

これはたしかにそのとおりで、自分が関わっているNPOも、定期収入がないから大変なようだ。世の中、賃金にしても家賃にもしても光熱費にしても、多くのものがマンスリーで回っているから、一度に多額を集めるよりも月額で少額を集めて回るようにしたい、というニーズは多そうだ。

次の社会のリーダー

性的マイノリティーの人たちって自分たちがさんざん傷ついてきているので、そこを乗り越えてきた人たちって、とにかく優しくて、強い。
それに僕ら一般人は、何かあったら社会の基準に合わせていけば何とかなるみたいな感覚がありますけど、彼らは社会の基準に合わせようがないので、一応立ち上がったら徹底的に自分に正直になって自分を表現するしかないんです。だからLGBTの人は魅力的な人が多い。僕はそういう人たちが次の社会のリーダーになるんじゃないかと強く思っているんです。(179頁)

なるほど、そうかも知れない。自分を振り返ってみると、まさに社会の基準のことばっかり

必読の書

このように、本書では、著者の真剣な考えやちょっとしたアイデアが様々語られている。
家入氏の行動や考え方に興味がある方ばかりでなく、幸せに生きたいと考える方、世の中を良くしたいと考える方、次の社会を考えるヒントを探している方などにも、おすすめの本である。

アラフォーおっさん談義と雑学豆知識を堪能する「どうすれば幸せになれるか科学的に考えてみた」(by 石川善樹 & 吉田尚記)

本書は、多方面で個性的な活動をしている変わったアナウンサーの吉田尚記氏と、東大医学部卒でハーバードの大学院を修了し予防医学等を研究する超エリート研究者の石川善樹氏が、「幸せ」について対談した本である。

基本的にはアラフォーのおっさん2人が幸せについて持論を披露し合っているだけなのだが、途中でちょいちょい出てくる石川氏の豆知識がなかなか面白い。

https://www.instagram.com/p/BZ3FXiBl--s/

ちょいちょい出てくる豆知識

感情のチェックリスト

石川氏は、以下のような感情の分類を紹介する。

ネガティブ:怒り、イライラ、悲しみ、恥、罪、不安/恐怖
ポジティブ:幸せ、誇り、安心、感謝、希望、驚き

このチェックリスト、実際にやってみるとけっこうおもしろいんです。自分が特定の感情に偏りがちなことがわかるので。(53頁)

感情は思考に影響するので、できるだけ偏らずに様々な感情を持つようにした方がいいというのが,石川氏の持論だ。たとえば、不安や恐怖を感じると冷静な思考ができるという。たしかに怒ったりイライラしたり、あるいは安心したり感謝したりしてばかりでは,冷静な思考はできなさそうだ。

自分でチェックリストをやってみても、たしかに偏っていることが分かる。
「怒り」「恥」「罪」などは、最近ほとんど感じたことがない。「誇り」「安心」「感謝」「希望」「驚き」も、ないかも知れない。ネガティブなものは「イライラ」か「不安」、ポジティブなものは「幸せ」か「希望」に偏っている気がする。もっと他の感情も持った方が、考え方のバリエーションも広がるかも知れない。
手始めに「恥」の感情を持つために恥ずかしいことをしてみようと思う。

元気があれば景気も良くなる

景気が悪くて人々の元気もない、というようなセリフについても、面白いうんちくが披露されている。経済が良くなれば元気になるのか、元気になれば経済が良くなるのか。常識的には前者のような気がするが、ところがどっこい、石川氏はこう言う。

そういう研究が実際あるんですよ。みんなが元気だから経済がよくなるのか、経済がいいからみんなが元気になるのか、という。結果としては完全に気分の方が最初だということがわかっています。まずは人が元気になる、そのあとで経済がついてくる。(47頁)

なんと、元気になれば経済が良くなることが、研究の結果としてすでに完全に明らかになっているというのだ。経済を良くするためにどうしたらよいかとあれやこれや考えていたのがバカみたいだ。経済を良くする方法を考えるのではなく、元気になる方法、元気にする方法を考えるべきだったのだ。

問いの設定自体が悪い

「自分は何がしたいんだろう」などと、答えのない問いをぐるぐる考えてしまう人も多いと思うが、そんな悩める人々に対するゴールデンアドバイスも本書では示されている。

自分って何がしたいんだっけ、と考えて何も浮かばないってことは、「問いの設定自体が悪い」可能性がある。僕ら科学者はアイデアが浮かばないとき、だいたい問いの設定が悪いって考えるんです。(159頁)

この発想はなかった。悩める人々もそうに違いない。でも、仕事など、自分自身以外の問題に対処する場合は、よくやっているかも知れない。そういう質問をするのが間違ってるよ、ということはよくある。自分自身についても同じアドバイスをすべきなのだ。

100年前はみんなIQ70

いきなり以下のような面白い話も出てくる。

実は人類の平均IQ(知能指数)ってけっこう上がってるんですよ。100年前の人たちのIQを現代の基準で判断すると,だいたい70くらい。今なら知的障害に分類されるかどうかという数値なんです。(180頁)

なんと!100年前はIQ70の人ばかりの世の中だったのだ。
想像してしまうと、もはや「昔はよかった」的なことは本気では言えない。
100年後から見た今もそういうふうに見られるのかも知れないけど、逆よりはずっといい。

世の中はどのようにでも見ることができる

石川氏は、世の中はどのようにでも見ることができるという。多様な見方をするための知識が大事で、「知は力なり」なのだ。
たとえば、「日本はもうダメだ」的な悲観論も、以下のように見ることだってできる。

日本の経済状況を測る指標といえばGDPが有名ですが,日本ってGDPは過去20年変わってないんですよ。ただ「経済複雑性指標」では世界一なんです。(196頁)

「経済複雑性指標」は、どれだけ多様なものを生み出しているかの指標であり,その国の中長期的な経済状況をもっとも反映するといわれているそうだ。それが世界一である日本は、中長期的な経済状況も世界一有望だともいえる。
1700年ころから江戸時代が終わるまでの150年間も、人口はほとんど変わっていないが、教育文化の質は高まっていて、これが明治以降の飛躍につながった。今もGDPは変わっていないが、質は高まっていて、同様に次の飛躍につながるのだ・・・と、こう解釈することもできるという。

こういうふうな様々な見方ができるようになるためにも、知識は大事だということのようだ。

幸せとは何なのか

本書には、もちろん、本題である「幸せ」についても、いろいろとタメになりそうなことが書かれている。
ただ、「どうやったら幸せになれるか」という話よりも、「そもそも幸せって何なのか」という話の方が多い。本当の問題はそれなのだということだろう。

「幸せ」に関して、石川氏は、「いつかこうなりたい」と幸せを先延ばしにするのはよろしくないと言う。

自分はどういう人間でありたいんだろう,ということを意識して普段から考えていないと,どんなに成功や栄光を手にしても幸せにはなれない。(150頁)

つまり,To be - 「こうなりたい」という欲望じゃなくて,自分がどのような状態でいたいか考えることが大事なんじゃないですかね。(151頁)

ちなみに、石川氏が研究する予防医学は「人がよりよく生きる」ことを研究するものだが、その研究のゴールも、「どうなる」ではなく、「どのような状態である」という形で設定されているようだ。

僕は「予防医学」-人がよりよく生きるためにどうすればいいのかを考える学問-を研究しているんですが,その究極のゴールは「朝ワクワクして目が覚めて,夜満ち足りた気持ちで眠れるか」なんです。(19頁)

問いの設定自体が悪かったのだ。「何になりたいか」と考えるのではなく、「どのような状態でいたいか」と考えるべきだったのだ。

また、石川氏は、本当にやりたいことは40才くらいにならなければ分からない、40才くらいでやりたいことが見えてきて、50才くらいで決意が固まるのだ、と言う。
ノーベル賞をとるような科学者も、コアとなる研究を始めるのはだいたい40才くらいだという。また、シリコンバレーでも、若者の企業は死屍累々だが、50才くらいの企業の方が成功率が高いという。

つまり40くらいにならないと,本当に何がやりたいかはわからない。(171頁)

アラフォーのみなさんはあせる必要はない。まだまだこれからなのだ。アラフォーのおっさん2人が言うんだから間違いない。

幸せについて考えたい方にも、豆知識が好きな方にもお勧め

このほかにも、本書には、人の意思決定の総量は限られている、とか、付き合いたい女性には将来の話だけをするべき、など、雑学というか豆知識みたいな話が、ちょいちょい出てくる。石川氏の知識の豊富さがひしひしと伝わってくる。
「幸せ」について真剣に考えている方にも、アラフォーのおっさん2人の幸せ談義をゆるく追いながらちょいちょい出てくる豆知識を楽しみたいという方にも、お勧めの本である。

 

 

未来を考える前提となる動かしがたい事実「未来の年表 ~人口減少日本でこれから起きること~」(by 河合雅司)

数日前、朝、出勤してメールをチェックすると、「書評辞めちまえ!」的なアレなコメントが投稿されたという通知が届いていた。誰も読んでおらず、ぜんぜん更新もされず、むしろまだ辞めてなかったの?と言われても仕方のないようなこのブログに対して「辞めちまえ」とコメントするというツンデレな応援を受け、心機一転、もっと面白い本のことを書かなければという気持ちになった。
そこで、今年の必読書と言われているこの本について書こうと思った次第である。

https://www.instagram.com/p/BZk-2kUFjbN/

ほぼ確実な未来のカレンダー

この本は、題名のとおり、今後、日本で起きることを、時系列に沿って、体系的に記述した本である。2016年から2115年までの100年間に起きる出来事が「カレンダー」として記載されている。
今年の必読書と言われているらしい。

予測が難しい未来について独自の視点から予測したりするのではなく、特定のテーマに絞ってああだこうだ議論するのでもない。
人口予測に基づいて、今後起こることが冷静かつ客観的に記述されている。
人口の予測は確実性が高いと言われているので、この年表の内容も確実性が高いものと考えて良いようだ。

未来についてどのような議論するにしても、その前提として、本書に書かれてあることが出発点とされなければならない。だから必読書なのだろう。

高齢者がどっと増え、その後、人がいなくなる

「未来の年表」は、2016年、出生者数が100万人を切ったところから始まる。

その後、高齢者はどんどん増え、2024年には3人に1人が65歳以上となる。
これに伴って、認知症患者の人数もどんどん増える。

高齢者は亡くなるが、出生は増えないので、人口は減る。
2025年にはついに東京都でも人口が減り始める。
地方から百貨店が消える。
空き家が増える。
今いる人たちが年をとり、加速度的に高齢者が増えた後、その人たちがいなくなると、あとには誰もいなくなるのだ。

2050年には、なんと、現在人が住んでいる場所のうち20%は人がいなくなり、60%以上は人口が今の半分以下になるという。
今あなたが住んでいる場所も、人口が半分になる程度の減少で済めばまだマシな方なのだ。
そして、2115年には、5055万5000人まで減る。

本書では、さらに、人がいなくなった地域で、入れ替わりに外国人が増える可能性も指摘されている。

本書の後半では、このような未来の年表を踏まえて、日本が採るべき対策として、「日本を救う10の処方箋」が提案されているので、ご覧いただきたい。

今後を考える

動かしがたい事実

数年前まで、人口は増え続け、都市は広がり続けてきた。
今、それがストップした。
人口増が再開することはない。
今後は、今いる人たちが年をとり、そしていなくなる。
今いる人たちがみんないなくなったら、人口5000万人の日本が待っている。
それが動かしがたい事実なのだということを本書は認識させてくれる。

この動かしがたい事実は動かしがたい事実として受け入れた上で、考える必要があるようだ。

人口が増え、都市が広がり続けることを「良し」と考えるのであればこれは悲劇であるが、今後の人生を泣きべそかいて生きるのはイヤなので、ポジティブに考えたい。

人が減り、都市が縮小し、空き家が増える。
ということは、郊外の家なんかそのうちタダ同然で手に入るに違いない。
今から郊外の家なんか買ってはならない。

高齢

当面は、高齢者が増える。
認知症も増える。
となると、高齢者向け事業、認知症の患者のための事業は安泰に違いない。

葬儀・相続

亡くなる人も増える。
本書によると、2039年には死亡者数がピークを迎え、深刻な火葬場不足が見込まれるそうだ。
葬儀・相続関係はまだまだ忙しくなるに違いない。

外国人

在日外国人は増えそうだ。
どれくらい増えるかは政治的な意思決定が絡むので予測が困難だが、今でもなし崩し的に増えている。
今後、急激に増えるかゆるやかに増えるかは分からないが、いずれにしても増え続けることは間違いなさそうだ。

今年の必読書

このように、本書は、今後を考えるための大前提として把握する必要のある確実性の高い未来の出来事を、改めて冷静かつ客観的に理解させてくれる本である。
あなたがまだまだ生きる予定の日本人であれば、本書は本当に今年の必読書である。

 

 

 

無敵の男ひろゆき氏の生き様を惜しみなく披露する 「無敵の思考」(by ひろゆき)

この本は,ひろゆき氏の生き様を説明する本である。お金や人づきあいなどに関するひろゆき氏の生き様がテンポ良く語られている。

https://www.instagram.com/p/BX65BDfF75v/

生活のランニングコストが自由を奪う

著者は,生活のランニングコストを上げないよう警告する。生活のランニングコストを上げてしまうと,自由が奪われるからだ。

生活を続けるお金,つまりランニングコストが高いと,そもそも,「仕事を辞める」という選択肢がなくなってしまいます。すると,どんなにイヤなことがあっても,「言われたことはちゃんとやらなきゃいけない」というマインドセットになります。
これが別に,生活レベルが低ければ,「じゃあ辞めるわ」と言って簡単に会社を辞めて,他の仕事を始めたりできます。
でも,社会人になってランニングコストを必要以上に上げてしまった結果,楽しむためではなく,その上がったランニングコストを維持するために時間を使い続ける人が多いのです。(7頁)

自分を顧みても,周りを見ても,確かにそのとおりだ。

しかも,一度上げてしまった生活水準を下げるのは非常に難しい。
収入が激減しているのに生活レベルを下げることができず,破産してしまう人すら多くいる。
家賃5万円の部屋から家賃10万円の部屋に引っ越すのは楽しいが,家賃10万円の部屋から家賃5万円の部屋に引っ越すのは心理的に非常に難しい。
恐ろしいことだ。
こんなことになるくらいなら,著者が言うように,収入が上がっても家賃5万円の部屋に住み続け,残りの5万円は別のことに使った方がいい。

著者は,経験から,最低月5万円あれば生きていけると感得しているという。
月5万円なら大学生のアルバイト程度でも何とかなる。
だから,嫌な仕事を続ける必要はないのだ。

これは,考え方の問題である。
そのように考えれば,そのような状態になる,という話だ。
今すぐそのように考えるだけでよいのだ。

高いものはダメージもでかい

著者は,高級時計を買わない理由について,このように言う。

それに,200万円の時計を腕に巻くことの優越感みたいなものはあるかもしれないのですが,万が一,落としたり傷つけたりしてしまったら,そのダメージはかなり大きいと思います。(175頁)

これもまたそのとおりだ。

先日,自分も旅行先で原付に乗っていた際に転んで腕時計にキズが付いてしまった。高いものではないので全く心理的なダメージはなかったが,これが自動車と同じくらいの値段がするような腕時計だったら,心理的ダメージは相当大きかったに違いない。
自分の腕時計はいつも小さなキズがあるし,携帯電話もいつもキズが付いてしまう。自動車もそうだ。何でもそうだ。キズを付けないように生活するなんてできない。
高い腕時計を買っても自分なら必ず傷を付けたり壊したりしてしまう。わざわざ自分の心理的ダメージを大きくするために高いお金を払うのはナンセンスだ。

迷うエネルギーが無駄

著者は,なにごとも情報を入手して選択をするのはかなりのエネルギーを要するため,選択肢を減らすよう努めているという。それによってストレスの少ない生活ができるというのだ。

たとえば,食事に行くとメニューを見て食べるものを決めるわけですが,それだって面倒なことです。なので僕は,自分で払うときは一番安い料理を見つけて,それでよさそうだったらそれを,それがイヤだったら2番目に安いものを探すという感じで,機械的に決めています。つまり,選択肢を無意識に減らす生活をしています。(24頁)

この発想はなかった。
値段が安い順に検討するというのが面白いし,「それでよさそうだったら」それにする,というのも面白い。

迷うエネルギーが無駄なのは確かだ。
例えば,自分も,出張の際の航空券やホテルを選び始めると,あっという間に時間が経ってしまう。
なので,東京出張の場合はこの航空会社の便でこのホテルと決めてしまっている。
定番やルールを決めてしまうというのは,とても良いことだ。

人づきあい

意外な人づきあい観

自由で個性の強い著者だが,意外にも,人づきあいに関してはその自由や個性を抑えているようだ。
先輩の言うことにはとりあえず従う,体育会系の人には体育会系のノリで体育会系のルールに従って接する,感情的な人には異論を言わず逆らわないようにする,など,経験から得た処世術のようなものが多く述べられている。色々と嫌な経験をしたことが窺われる。

また,女性と仕事をする際には一定の距離を置くという。

性コミュニティを敵に回してうまくいった人を,僕は見たことがありません。(51頁)

確かにそのとおりかも知れない。

「先生」という呼び方

また,意外にも,「先生」との呼び方に関して,著者は自分と同じ考えであった。

僕ははじめ,弁護士に「先生」を付けるのが嫌でした。別に,対等な立場と思っていましたからね。
ただ,年上の言うことを聞くのと同じで,実は「先生」を付けて呼ぶことには,何のデメリットもないと気づいたんです。しかも,それで相手が気をよくします。
けれど,もし「先生」を付けないと,中には気を悪くする人に出くわすかもしれません。「えらい」と言われているカテゴリーの人には,そういう地雷が発生する確率が高かったりします。
それがどの人かわかりませんから,「じゃあ全員,とりあえず先生って呼んどけばいい」というのが無敵の状態なわけです。(46頁)

弁護士とか,医者とか,先生と呼ばれる人たちの中には,たしかに,超個性的な人が多く,地雷を踏む確率が高い。
弁護士に「先生」と付けることに関して持論のある人は多いが,尊敬しているかとか立場が上なのかとかそういうことは自分としてはどうでも良いけれども,もし「先生」と付けずに「さん」と呼んで,怒られたり,気分を害されたり,失礼だと思われたりしたら,損だ。
著者の言うとおり,誰でもとりあえず先生と呼んでおけば無敵なのだ。

見たいものを見て,考えたいことを考える

見たいものを見たいように見る

著者は,見たいものを見たいように見て,考えたいことを考えたいように考えているようだ。
見たいものを見たいように見るためには,視力は良くない方がいいという。

目が悪いことでトクをすることはまだまだあります。
たまにメガネをかけると,それまでは「キレイだ」と思っていた女性が,そんなにキレイじゃないという悲しい現実に気づくことがあります。
現実がわかったほうがいいという人もいるかもしれませんが,自分のまわりの人が美人だらけだと思い込んでいたほうが,絶対に人生は楽しいはずです。(98頁)

考えたいことを考えたいように考える

また,考えたいことを考えたいように考えるためには,考えたくないことを忘れることが重要だ。
著者は記憶力が悪いというが,その方がストレスが少ないという。

僕が3日で忘れてしまうことを,1年も覚え続ける人は,それだけで100倍以上のストレスを受けています。(91頁)

禅の発想と同じだ。嫌なことを反芻して何度も再体験する必要は無い。
忘れる能力は,楽に生きるために重要なスキルなのだ。

イヤなものも好きになればイヤなものが減る

イヤなものについても,好きになればイヤなものじゃなくなるじゃないか,という発想で,好きになろうと試みる。

そういうわけで,「イヤなものが好きになる」という自己暗示が,たまに成功することがあります。 だから,すごくイヤなことでも積極的にやってみるとイヤじゃなくなって幸せに生きられるというわけです。(78頁)

素晴らしいポリシーだ。

衝撃の結末

このようにして本書では著者の生き様が語られているわけだが,巻末の「おわりに」で,面白い一文に出会うことができる。

とはいえ,この本は編集者の種岡健さんに,過去に書いたことや話したことをまとめていただいただけなので,ちゃんと自分で書いたのは,「おわりに」だけなんですけどね。(207頁)

これも,このような「おわりに」を書くのも,著者の生き様なのだ。

生き様

このように,この本は,全体を通じて著者の生き様を語っている。 自分の生き様に迷っている人にお勧めである。

 

 

作家が体験した裁判所あるある・弁護士あるあるのオンパレード 「臆病者のための裁判入門」(by 橘玲)

本書は、作家の橘玲氏が日本の一般的な少額民事裁判を体験したレポートである。
その内容は、裁判所あるある・弁護士あるあるのオンパレードである。

https://www.instagram.com/p/BR17cScFR5C/

事件の内容

著者は、知人のオーストラリア人であるトムの裁判を手助けする。
事案の概要は以下のようなものであった。

トムは、知人の新井さんのバイクを借りて運転していたところ、自動車に衝突された。
トムにケガはなく、損害は携帯品の破損など物損のみで、損害額は15万円であった。

新井さんの契約する損保会社がA損保。事故の相手方の保険会社はT海上
A損保とT海上で示談交渉が行われていたが、なかなか話が進まない。
そこで、著者が、トムに代わって、A損保に事情を聞いてみる。

A損保の担当者である栗本の説明によると、「T海上とは過失割合8:2で合意しているが、相手方本人が非を認めず、揉めている」とのことであった。
しかし、著者が不審に思って、相手方保険会社であるT海上に直接聞いてみると、過失割合で揉めてなどおらず、事故直後に自損自弁で終了したという。

A損保の担当者である栗本がトムに嘘の説明をしていたのだ。

トムと著者は、栗本が嘘をついていたのは明らかにおかしいと主張して、慰謝料の支払を求める。
しかし、A損保担当者の栗本は、非を認めない。
栗本が非を認めないので、A損保も対応しない。
A損保は、トムに対して損害額15万円の8割である12万円はの保険金は払うが、その他には何も払えないという。

一見、理不尽に見えるA損保の対応にも理由があった。あらゆる紛争を法に基づいて解決しようとする法化社会では、ルール化されていないお金を払うには司法の判断が必要なのだ。(41頁)

ここで著者はひらめくのだ。

だがここで、私にはひとつの疑問が生まれた。世の中には私たちと同じように、少額だけれど理不尽なトラブルを抱えて困っているひとがたくさんいるはずだ。法化社会では地域のボスやヤクザに頼んで紛争を解決することはできず、「正義」の実現は司法に頼るしかない。だったら、それはどのようにして可能なのだろうか。
私のアイデアは、たんなる一市民がこの問題に対処しようとしたらどうなるのか試してみる、というものだった。(43頁)

「弁護士あるある」「裁判所あるある」のオンパレード

その後の経緯として書かれている内容は、「弁護士あるある」「裁判所あるある」のオンパレードだ。しかし、この「あるある」が利用者側の目線から冷静に記述されているものを見ることはほとんどない。
その意味でこの本は貴重な本である。

著者らは、まず、弁護士会の法律相談センターに行く。
不法行為による損害賠償請求という構成が可能だろうとのアドバイスを受ける。

もっとも、訴外で請求しても払ってくることはないので、その後の手続についてアドバイスを受けるため、法テラスの無料法律相談を受ける。
そこで、調停なら簡単にできるから調停がいいよとアドバイスを受ける。

著者らは、アドバイスに従って、東京簡裁に民事調停を申し立てる。
1回目の調停期日で、調停委員が、双方に対し、10~20万円の解決金による解決の検討を求める。
しかし、相手方は応じられないということで、2回目の調停期日で不調に終わる。

その後、訴訟を提起するために再び法テラスの相談を受ける。
その際、弁護士から、「請求金額が低すぎて弁護士は受けられない、どうしてもやりたいなら自分でやれば」と言われる。

少額訴訟が原則1回で審理を終えると知り、簡裁に少額訴訟の訴状を持って行く。
しかし、受付で、「これは少額訴訟には適さないので通常訴訟で提起してください」と言われる。

そこで、簡裁に通常訴訟の訴状を持って行く。
すると、受付で、「これは簡裁では扱えないので地裁に提訴しろ」と言われる。
事物管轄は満たしているが、内容が難しいから簡裁では扱えないというのだ。

そこで、地裁に訴状を出す。
すると、書記官から連絡があり、1週間後に裁判所に呼び出される。
そして、書記官から、「弁護士をつけろ」と言われる。
著者が、「弁護士から、引き受ける弁護士なんかいないと言われた」と説明する。
すると、裁判官と話してくださいと言われ、部長が登場する。
部長は、「簡裁への移送の上申を付けて訴状を再提出しろ」と言う。
著者が言われたとおりにすると、事件は簡裁に移送される。

ところが、簡裁での第1回目の口頭弁論期日に出頭すると、裁判官から、「本件は地裁に移送します」と言われる。
難しい事件だからどうしても簡裁では扱えないというのだ。

簡裁判事の現実を知った著者の感想はこうだ。

だが事実、簡裁判事は司法の世界の“二級市民”だった。司法試験を通っていない彼らは、裁判の実務には詳しいが、法律の条文を解釈して判決を下すことに慣れていない。「こんな複雑な事件は無理なんですよ」という自虐的な発言は、彼らにすれば当然のことだったのだ。(87頁)

そうして地裁に移送されて、最初とは別の民事部に配属になる。
すると、また書記官から呼び出され、「なぜ弁護士をつけないのか」と言われる。
同じ説明をし、何とか地裁で手続を進めてもらう。

第1回目の期日に出頭したところ、裁判官の主導で和解協議が行われる。
しかし、A損保は支払に応じないので、判決に至る。

敗訴判決だった。

著者は、敗訴はやむを得ないと理解しつつ、理由に納得できないという。
判決では、争点となっていなかった部分で不意打ちの事実認定をくらっていたのだ。
知人の弁護士に相談し、裁判所の判決の現実を知る。

「なるほど、ここで揚げ足をとられたんですね」
彼によると、判決文というのは最初に結論があって、それに合わせてつじつまを合わせていくものだという。裁判所は、つねに揚げ足をとる機会を狙っている。その隙を見せないように論証することが、弁護士の腕の見せどころなのだ。
そういわれてみれば、たしかにこの判決文はとてもよく理解できる。しかし、これでほんとうにいいのか。(109頁)

だが私たちはあまりにも素人だったので、「法律の世界では、相手が嘘をつくことを前提として行動しなくてはならない」ということにまったく気がつかなかった。(115頁)

著者は、今度は弁護士に依頼して控訴する。
そして、ここにきてついに、高裁の裁判官が、ようやく、まともなことを言うのだ。

トムの損害を賠償する義務があるのは事故の相手方なのだから、12万円を請求する相手方はA損保ではなく、T海上でしょ。だったら、A損保の担当者が何を言おうが、関係ないでしょ。

最初からあらぬ方向に進んで時間を無駄にしていたのだ。著者の目的からすれば著者にとっては無駄ではないかもしれないが。
しかし、最初の段階で専門家にきちんと頼んでよく考えてもらうことがどれだけ大事か、身に染みる。
間違った方向に苦労して進んでも、間違った場所にたどり着くだけなのだ。

高裁の裁判官は、常識力を発揮して、和解をまとめる。
A損保はそもそもトムから請求を受ける立場にはないものの、被保険者であるトムに対して不正確な説明をした責任もあるし、トムがT海上に対する請求をこれからするにしても消滅時効期間経過前に間に合うかどうか分からず、トムに損害が発生する可能性もある。そこで、A損保がトムに一定の金額を払うとの和解案を提示する。

そうして、A損保がトムに対して20万円を支払うとの和解が成立するのだ。

本書で、著者は、弁護士や裁判所をまったく責めていない。しかし、この経緯に出てくる関係した弁護士、裁判官、書記官、みんなに反省すべき点がありそうだ。

素人が法律を理解することがいかに難しいか

このような民事裁判の経験を通じた著者の考察は鋭い。

民事訴訟を扱う裁判官の大きな負担になっているのが、日本に特有の本人訴訟の多さであることは間違いない。これについては裁判所と弁護士の認識は共通で、法律的な主張を構成できないばかりか、証拠の整理すら満足にできない素人が民事裁判を混乱に陥れていると考えている。(216頁)

著者は明らかにインテリだが、そんな著者でも、著書にこんなことを書いてしまう。

トムの事故の相手方の車はマセラティで、損害額は250万円だったそうだ。
過失割合が8:2なので、トムの負担は2割の50万円となる。
だから、自損自弁にした方がトムにとっても得だった可能性がある。
しかし、トム自身がこの2割を自己負担しなくてもいいなら、話は違ってくる。

保険金を請求して相手方の損害を負担することになれば、トムはマセラティのドライバーに50万円(修理代金250万円の2割)を払わなければならない。だがこれは搭乗者傷害保険でカバーされるから、実際にはA損保が肩代わりしてくれる(トムの負担にはならない)。(99頁)

ここでいう「搭乗者傷害保険」は、どう考えても「搭乗者傷害保険」ではなく「対物賠償保険」のことだ。
著者ほどのレベルの人でも、こう書いたまま、訂正されずに出版されてしまうのだ。
新聞でもTVでも、法律を理解していない報道というのは多い。
法律というのは、なぜか分からないが、扱うのに一定の訓練が必要で、知的レベルが高ければ素人でも正確に理解できるという種類のものではないのだ。

紛争は当事者同士では解決できない

著者の考察は本当に鋭い。
特に、以下の言葉は真実を現していると思う。

紛争は当事者同士では解決できない

紛争が起きたときに、これまでは共同体による調整で解決していたことも多かったが、これが困難になった結果、もはや法による解決しか方法がなくなっているという。
法による解決の方が解決しやすいかというと、そんなことはない。

だがコンプライアンス化は無条件に素晴らしいものではなく、「共同体」から「法」へ問題解決のルールが変わったからといってトラブルが解決しやすくなったわけではない。(148頁)

そうして、本書では、法的解決の方法として、民事調停、訴訟、各種ADRなどが紹介される。

訴訟件数が増えないのは執行手続の欠陥があるから

著者は、本当に鋭い。
一般にはあまり知られていない問題点をいとも簡単に突き止める。

法テラスや少額訴訟などで司法サービスへのアクセスを改善しても訴訟件数が増えないのは、強制執行の欠陥などで判決に実効性がないことが見透かされているからだ。(214頁)

何億円の敗訴判決をくらっても、自己の財産が特定されなければ何の不都合もない。
絶対に何とかしなければならない課題である。

相談者からみた法律相談

法律相談に関する著者の感想は大変貴重だ。
一定の知的レベルにある人が、冷静な視点から、相談者の側から見た法律相談について記載しているものは、なかなか見当たらない。

ここで、利用者の立場から法律相談についての感想を述べておきたい。
弁護士ウシジマくんのように、法律家は紛争をコストパフォーマンス(費用対効果)で考えるよう訓練されている。3万円の貸金を取り立てるのに10万円の着手金を払ったのでは割に合わないから、これは当然のことだ。
しかしこのことを、相談者はおうおうにして「泣き寝入りしろ」といわれたと感じる。これが法律相談に対する不満にもつながっているのだろうが、その背景には相談者の司法に対する過大な期待がある。(157頁)

そうして、著者は、自身のエピソードを紹介する。

著者が通っている整体院が税務調査を受け、ある費用の経費性が問題となったそうだ。
その調査官の態度が大変横柄で、整体師に対し、「屁理屈なんてこねてないでさっさと追加で税金10万円払って終わりにしろ!税務署と揉めてもロクなことないぞ!」などと言い続けたという。

整体師は、お客さんの弁護士に相談したところ、弁護士は、「1日の売上が10万円なら、たった1日分の売上程度の話なんだから、そんなものはさっさと払って忘れてしまって、仕事に専念したほうがいいんじゃないの」と答えた。

しかし、その整体師は納得できない。
その整体師は、税務署とのやりとりをすべて録音しているという。

整体師から相談を受けた著者は、所轄の税務署長宛に手紙を書くよう勧めた。
整体師は、著者のアドバイスに従って、録音テープを添えて、税務署長に丁寧な抗議の手紙を送った。

するとどうなったか。

その結果、税務調査は打ち切りになってしまった(当然、追徴額を払う必要はない)。(160頁)

こういうアドバイスも大事なのかもしれない。大事なのは、目的を達成できるかどうかであり、法的手続をとるかどうかは関係ないのだ。法的なアドバイスではないとしても、それで目的を達成できる可能性があるのであれば、十分価値のあるアドバイスだ。

「お金の問題じゃないんです!」という相談者は弁護士からみれば危険だけれども、事実、お金の問題じゃないときもある。考えさせられるところである。

利用者の視点からの民事裁判

このように、本書は、著者が一市民として民事裁判を利用した体験記である。
著者は知的レベルが高く、事件に著者自身の利害関係が大きく絡んでいるわけでもなく、なおかつ、法律には素人である。そのため、利用者としての感想が、冷静で客観的に書かれており、非常に貴重な本である。
紛争を抱えて民事裁判を考えている人にも、司法関係者にも、おすすめの本である。