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交渉してみようと思わせてくれる名著 「交渉のブートキャンプ」

昨今は弁護士などが書いた交渉術の本が多く出ているが、実際に役立つものはほとんどない。ああしろこうしろという本が多いが、そもそも「できれば交渉などしたくない」という人が多いので、「交渉してみよう」というモチベーションを高めさせてくれる本こそが求められているのではなかろうか。

エド・ブラドーは米国で「キング・オブ・ネゴシエーター」と呼ばれているそうであるが、エド・ブラドーの「交渉のブートキャンプ」は、読者に「交渉をしてみよう」と思わせてくれる、実際に役立つ本である。

https://www.instagram.com/p/BPRjNz5lvDf/

「交渉のうまい人」についての偏見

著者は、最初に、「交渉のうまい人」について広く信じられている偏見を否定する。
このような偏見があるために、「自分には交渉はできない」と思い込んでいる人が多くいるというのだ。

性格がタフでなければならない?

「交渉のうまい人はドナルド・トランプみたいに性格がタフでなければならない」というのは偏見であり、事実ではないという。

結果を左右するのは性格ではない。準備や進め方、そして交渉に挑む姿勢だ。勝者がいつもガキ大将やヤクザの親分とは限らない。(5頁)

そして、タフ・ガイへの対処法についても解説されている。

タフ・ガイタイプへの対処法がガキ大将に対するものと同じで、次のように扱おう。
・物怖じしない態度を見せることで、相手の意図をくじく。
・わがままと思える部分を徹底的に叩く。タフ・ガイは好人物に変身する可能性があるので、「そんな脅しはきかない」という態度を表に出し、相手のわがままをコントロールするのだ。(33頁)

「タフ・ガイ」も1つの交渉で使われる交渉姿勢・テクニックに過ぎず、対処が可能なものなので、大したことはないということだろう。
今度イカツイおっさんがタメ口で威圧的に迫ってきたら、まずは、そのタメ口がいかに失礼であるか、その威圧的な態度がいかに失礼であるかを徹底的に問いただしてやろう。

話し上手でなければならない?

「交渉のうまい人は話がうまくなければならない」というのも偏見であり、事実ではないという。

著者は、交渉の鍵は、話すことではなく、相手の話を聞くことだという。

後に学んだ事実は、「人の話を聞くことこそ成功の鍵だ」ということだった。交渉のテクニックをマスターしたければ、まず人の話を聞くこと。(7頁)

なお、相手の話を聞くことができるようになるための訓練方法についても解説されている。その方法は「口を挟まずに黙って聞け」というシンプルなものだ。

つまり、会話の最中に黙っている訓練をすれば、優れた聞き手となり、交渉の達人にもなれるということだ。(40頁)

いくら話が聞きたいといっても、話の腰を折っては何にもならない。口をはさみたければ、それが本当に必要かを確認しよう(43頁)

交渉に必要な資質

続けて、著者は、交渉に必要な10の資質を挙げる。その中には、類書ではそれほど強調されていないが重要と思われるものがいくつか挙げられている。

我慢ができる

著者は、我慢ができること、忍耐力があることが、交渉に必要であるという。

(1) 忍耐力のある側が交渉をリードし、不安に耐えられない側が譲歩せざるを得ない。
(2) ゆっくり交渉を進める方がミスは少ない。(27頁)

交渉は時間に余裕のある方が必ず有利になる。(60頁)

君が期限を決められるなら、交渉を有利に運べるし、逆に相手がその立場なら、君に不利な期限の設定を絶対に受け入れてはいけない。(69頁)

自分の周りでも、交渉ごとを抱えていることそのものがストレスだと言う人が多い。そういう人は、何でもいいから早く解決したい、と言う。
しかし、相手の要求を丸呑みすれば今すぐに交渉は終わる、と指摘すると、それは嫌だと言う。
要するに、自分の望むような結果を今すぐに実現して欲しいということなのだが、そんなことは無理である。「早く解決したい、早く解決したい」と言いながら交渉しても、有利な結果が実現できるはずがない。
我慢ができるというのは、交渉において本当に重要な資質であると思う。

なお、本書では、時間的な忍耐力についてだけでなく、「ねばる」ということについても言及されている。
著者は、最近は「ねばり強い」という言葉を聞かなくなったが、交渉においては「徹底的にねばる」という姿勢も大事だという。

著者は、不思議なエピソードを披露する。ある航空会社から、昨年稼いだマイレージが規定に達していなかったためゴールドカードの資格を失ったとの連絡を受けたという。著者は、航空会社に連絡し、ゴールドカードに戻すよう交渉した。

最初に電話に出たスタッフは、丁寧に「お客様のご要望はお受けできません」と断った。僕は彼女に礼を言って、しばらくしてまた電話をかける。2人目のスタッフは、こう答えた。「申し訳ございません。規定のマイレージに達していないお客様にゴールドカードを差し上げるのは、会社のポリシーに反しています」。僕は電話を切り、またしばらくしてから電話をかけた。最後に電話に出たスタッフの対応が素晴らしかった。「ブラドーさん、いつもゴールドカードをお使いいただきありがとうございます。もちろん、今年も継続してお使いいただいて結構です」(211頁)

何がどうなってこうなったのかは全然よく分からないが、とにかくねばればこういうこともあるということなのだろう。

問題の解決に集中できる

交渉がうまくなるには、相手の言い分を個人攻撃と受け取らない心がけが大切である。問題の解決だけに集中し、相手がどんな態度を取ろうと感情を抑えて合意を目指さなくてはならない。(31頁)

これもよく言われることではあるが、なかなかできない。
言葉づかいがどうだとか、態度がどうだとか、そういうことにいちいち引っかかっていては交渉などできない。

自分は、相手が外国人だと思うようにしている。オススメの方法である。
言葉づかいがタメ口でも、態度が偉そうでも、外国人だと思えば文化の違いだと思える。文化の違いだと思えば気にならなくなり、問題に集中できる。
そもそも、日本人同士だから同じ文化を共有していると思い過ぎなのだ。

決裂を覚悟できる

僕はこれを「ブラドーの法則」と名づけている。交渉には決裂する覚悟が必要だということだ。「まとめよう」という気持ちが強過ぎると「ノー」が言えなくなる。条件が不本意なものであれば、合意にこだわることなく交渉を打ち切るのがいいだろう。(32頁)

これも大事である。最悪の事態を常に考えておくということでもあると思う。
著者は、交渉が決裂した場合に自分がどうなるかだけでなく、交渉が決裂した場合に相手がどうなるかについてもよくよく考えろと言う。

自分の弱みばかり探していては、全体を見失い、敗北への道を歩み出すことになりかねない。ドナルド・トランプが交渉相手でも、「どうしたらいいだろう」とうろたえず、彼がここで合意しないとどうなるかを考えるのだ。(56頁)

交渉は「マキシマム」で始めよ!

続けて著者は交渉の具体的な方法について解説する。
よく言われるように、対立型の交渉ではなく、WIN-WINの交渉を目指せという話も詳しく書かれているが、それとあわせて、「交渉は『マキシマム』で始めよ!」という、知ってはいるが実行が難しい原則についても説明されている。
これは、要するに、最初の提案は、相手が応じる可能性のある範囲で自分に最も有利な案を提案せよ、ということである。

「マキシマム」で交渉を始めるベネフィットは3つある。
(1) 相手の期待値が下げられる。
(2) 譲歩の余裕ができる。多少の譲歩でも、相手を満足させられるかもしれない。
(3) 相手が「マキシマム」を受け入れる可能性もゼロではない。(95頁)

合理的に考えれば、ここに書かれていることに反論の余地はなく、最初にマキシマムの提案をしない理由は見当たらない。
ついつい先を読んだり遠慮したりして控えめの案を出してしまいがちだが、そういうことはしてはいけないのだ。

もっとも、「マキシマム」を見誤ると、その時点で交渉は終わってしまう。あくまで、「相手が応じる可能性のある範囲」でのマキシマムでなければならない。
その「マキシマム」をどう考えればよいのかについても、解説されている。

では、相手が応じる可能性のある最高のレベル、つまり「マキシマム」をどう見極めればいいのだろうか。答えは難しくない。相手に納得のいく説明さえできれば、それが「マキシマム」になり得るのだ。(96頁)

もし、君が「マキシマム」と思える条件を説明なしで提示すれば、相手は君に誠意がないと考え、交渉する意欲を失くすだろう。しかし、充分な説明さえすれば、相手も「その提示額には驚いたが理由は理解できる」と思ってくれるはずである。(97頁)

自分勝手なマキシマムを設定して遠慮するのではなく、相手が納得できる説明が可能なマキシマムを考えるべきなのだ。

19の基礎テクニック

さらに、本書では、交渉で用いられる「19の基礎テクニック」とそれへの対処法についても解説されている。そのなかでも、「脅し」、「既成事実」、「地ならし」は、なかなか面白い。

脅し

「脅し」は、提案に対して「なんだと!?」と返すだけという、超シンプルなテクニックである。

「脅し」は最もよく使われる戦術だ。例えば今、君が上司に給与の値上げ交渉をしているとしよう。現在の給与は5万ドル。君はここ5年間、インフレ分の値上げもないと主張し、「1万ドルアップの6万ドルにしてほしい」と上司に訴えた。すると上司が、信じられないような大声で叫ぶ。「なんだと!」。そのとたんに君は萎縮し、「僕の言っていることは夢のような話なんだ」と思い直してしまう。
君はこう返すしかない。「すみません、言い過ぎました。では、5万5000ドルではどうでしょう?」(133頁)

ただ一言で交渉してしまうというのが面白い。
「なんだと!」でなくても、「えぇ!?」でも、「6万ドル!?」でも、「昇給!?」でも、何でもいいんだろう。
今度何かの値段交渉するときは、「いくらですか?」「○○円です」「えぇ!?○○円!?」というやりとりをしてみよう。

なお、この「脅し」に対する対処法(ジョークで返す、何も言わない、脅し返す、など)についても本書ではきちんと解説されている。

既成事実

これは、既成事実をつくってしまうと、あとに引けなくなる、というテクニックである。

例えば君が、ガレージの塗装をする業者と契約したとしよう。内容は、1時間25ドルの仕事を15時間で完了させるというもの。しかし、15時間が過ぎても、塗装は4分の3しか完成していない。業者はあと5時間かかると言い、それにも1時間25ドルの支払いを請求してくる。125ドルも支払いたくはないが、塗装は4分の3しか完成していない。ここでやめれば、近所の笑い者になるし、クルマも駐車できない。さて、どうしたらいいだろう。(154頁)

ここでも、「既成事実」テクニックに対する対処法も3つほどきちんと紹介されている。「自分だったら『まぁとにかく完成させて』と言って塗装を完成させた上で、請求書に対して支払をしないだろうなぁ」と思ったら、それも対処法の1つとして書かれていた。

この「既成事実」は、ちょっと悪質な業者がよくやるパターンかも知れない。
浄水器取り付けちゃいましたよ、いまさら契約しないなんてダメですよ」など。

地ならし

この「地ならし」というテクニックには、感心してしまった。

典型的な例は、公共料金の値上げ通知だ。電力会社が、金曜日にいきなり「来週の月曜日から料金を値上げいたします」と通知してきたら、君はどう思うだろう。「そんなバカな。事前の通知なしでそんな話があるか」と怒って、すぐに電力会社に連絡するはずだ。そこで、電力会社がどんな戦術を取っているかを考えてみよう。通常、値上げは一年前に政府に申請され、実施の半年前には「○月から料金を値上げいたします」との通知が送られる。今日、明日のことで頭がいっぱいのユーザーは、そんな通知をもらったところでピンと来ない。半年先のことも、10年先のことも同じだ。やがて、値上げのひと月前になると、再び通知が送られてくる。ユーザーの反応はこうだ。「そうだ。前に聞いていた値上げが、いよいよ来月から始まるのか」(157頁)

たしかにそのとおりだ。
例えば1年後に更新料を払ってもらうことになっている場合、最初の契約時に説明したからといってそのままにしていたら、いざ請求したときに「聞いてない」とか「更新料なんてそもそもおかしい」と言い出す人もいる。
これは、聞いていないのではなくて、覚悟ができていなかったのだ。

予告を重ねて、準備を促し、覚悟を決めてもらっておけば、スムーズに支払ってもらえる可能性が高まる。

これは本当に活用すべきテクニックだと思う。

電話は折り返す

本書は、電話で交渉する場合の対処法についても解説されている。

電話を受けてしまえば、君は全く準備のない会話に突入することになる。しかし、電話をかける方には充分な準備ができている。準備のできた相手の質問に、全く白紙の君が答えるという状況では、君の不利は間違いなく、下手をすれば言わなくてもいいことを漏らす恐れもある。不要な譲歩もあるだろう。こんな事態を避けるには、返事を送らせるしかない。(161頁)

これもそのとおりで、交渉ごとの電話には出てはいけない。
準備をしてから折り返すに限る。

ところで、電話というのは、かかってくる方にとって本当に迷惑なものだと思う。
電話をかける側に、相手の仕事を中断させて自分の話に耳を傾けるよう強制する権利があるのだろうか。

そのうち電話にもイノベーションが起きて、「かかってくる方の迷惑」が解消されるサービスや技術がそのうち出てくるに違いない。
たとえば、電話をかける側は「会話リクエスト」みたいなものを送信して、その際に会話可能な時間帯も一緒に送信して、受ける側にはそのリクエストがメールなどのメッセージで届く。受ける側が会話に応じられる時間帯を指定して承諾すると、その時間に双方に対して電話が発信されて、会話ができる、みたいな。需要あると思うんだけど、誰かつくってくれないだろうか。

売り手・買い手の心構え

本書では、売り手、買い手の双方にとって必要な交渉のテクニックについても解説されている。
その中でも、売り手のテクニック(というようり心構え)は、考えさせられる。

価格に自信の持てないセールスマンは、ある間違った考えに支配されている。「値下げに応じなければ、顧客を失うかもしれない」という空想だ。しかし、現実はその反対である。価格にこだわりのないセールスマンは、顧客の信用を失うのだ。(173頁)

そして、価格が正当であることを示すための方法として、
1.その価格が相場であることを説明する
2.製品やサービスの価値・効能に焦点を当てて説明する
3.すべての買い手に同様の値引きをすることは無理だと言う
などの方法が解説されていて、参考になる。
また、仮に値引きをするとしても、注文数を増やすなどといった条件付きでのみ値引きするようにし、無条件での値引きはすべきではないという。

交渉へのモチベーションを高める

このように、本書は、様々なテクニックや対処法についても解説がされており、それぞれ参考になるが、それよりも、読者に「交渉しよう」と思わせてくれるところが素晴らしい。
「交渉」というものに関わる人や興味のある人すべてにオススメの本である。

 

 

節約のクセがすごい! 「節約の王道」

これは節約に役立つ本ではない。

この本は、お金の使い方に関する独特のこだわりを拗らせてしまったとある日本文学者が、その独特のこだわりを告白し、読者から「考え方のクセがすごい!」と突っ込んでもらうために書かれた本である。
それは、以下の写真を見れば明らかである。

https://www.instagram.com/p/BPRK7aPlpDS/

この風貌で「節約の王道」って!
ダメ押しのように、裏表紙裏にも、著者の顔写真が掲載さている。

https://www.instagram.com/p/BPRK5eKlDGB/

この本に節約に役立つことが書かれているはずがないではないか。

めっちゃクレカ使う

著者のリンボウ先生のメインのクレジットカードはJALカードだという。

私のメインカードは、JALカードです。つまり、買い物をすればするほど、マイレージが貯まる。だから、支払いのほぼすべてをJALカード一枚に集約させています。どこかで何か食べるのでも駐車場の料金でも、すべてこれで支払う。
そうすると、お買い物マイレージがどんどん貯まるから、私の妻などは、これで何度もイギリスやアメリカへ行っています。航空運賃なんて払ったことがありません。今もビジネスクラスでロンドンを往復できるくらい貯まっています。これこそ、最大の節約ではないでしょうか。(50頁)

ここで年会費がどうだとかポイント還元率がどうだなどと言うのは野暮である。

ビジネスクラスでロンドン往復するのに必要なマイルは8万5000マイル。
他方でJALカードで貯まるマイルは利用額の0.5%。
マイルの有効期間は3年。
そうすると、8万5000マイル貯めるためには、3年のうちに17000万円をJALカードで使わなければならない。
3年で1700万円、月額平均47万2222円。

もっとも、ゴールドカードとかだと利用額の1%のマイルがつくので、月額平均は23万6111円で済む。

「節約の王道」というタイトルの本にこれを書いてしまう。
これは、リンボウ先生から読者への挑戦状であると考えるほかない。

ところで、リンボウ先生がすべての支払をJALカードに集約していると思ったら大間違いである。
先生がそんなハイリスクなことをするわけがない。

インターネットで物を買う場合もリスクを伴います。カードの個人情報をインターネット上で入力するわけですから、その情報の悪用や漏洩がいつ起こっても不思議ではありません。だから私は、ネットでの買い物には、メインカードのJALカードは使わないことにして、ネットショッピング専用に、まったく別のカードをつくりました。(51頁)

クレカを使うと支出が20%増えるという研究結果があるとか、そういうレベルの問題ではないのだ。

嫌いな飲み会には行かないが好きな蕎麦屋には連れて行く

リンボウ先生は、「飲み会」などという馬鹿げたものには一切参加しない。
チェーン店の居酒屋で開催される飲み会など、飯はまずいし、何にも楽しくない、という。

そのうえ、ほかの人を考えずに自分だけガブガブと酒を飲むやつがいて、会費制だと、そういうやつの飲み代まで払わされる。私はものも食べない、酒も飲まないのに、行けばその会費を払わざるを得ない。これほど嫌な出費はないと思うわけです。(76頁)

先生は酒が飲めないが、決して酒が飲めないから飲み会に参加しないわけではない。
酒が飲めないから嫌なのではなく、そもそも飲み会などというものは時代遅れなのだ。

若い人たちも、まったく飲まないというわけではないと思います。ただ、「職場の飲み会に参加する金と時間があったら、自分のために有意義に使いたい」と、そう思っているのではないでしょうか。つまり、「飲み会」のように大勢で群れて飲むというスタイルは、もはや時代遅れになっているのだと思います。(78頁)

ところで、先生も若い人に食事を奢ることはある。

今は、私が若い人たちを連れてご飯を食べに行く立場になりました。もちろん、行くとなれば彼らにお金を払わせたりはしませんが、一人ひとりにそんなに高いものはご馳走しません。蕎麦でも食べに行こうかという程度で、せいぜい一人三千円くらいまでです。
その代わり、そこらの店でいい加減に食べたりはしません。自分が気に入って日ごろからよく行っている、すこぶるおいしい蕎麦屋へ連れて行くのです。
蕎麦一杯など高くたって千円くらいなもので、五人に奢ったとしてもたかだか五千円です。それでも、そんなふうにして奢ってもらえば、若い人たちには、リンボウ先生行きつけの店で、すごくおいしい蕎麦をご馳走になった」と印象に残ると思うのです。(79頁)

蕎麦のウマいマズいが分かり、「先生の行きつけのお店に連れて行ってもらった!すごくおいしい蕎麦だった!」と思ってくれるような若者に囲まれている幸せは、先生の人徳によるものなのだろう。

飲み会は嫌いだから行かず、若い人に奢るときは好きな行きつけの蕎麦屋に行く。
飲み会は時代遅れだし、行きつけの蕎麦屋に連れて行けば若い人たちは喜ぶ。
時代は常にリンボウ先生の後ろを追いかけているのだ。

飛行機は一か八かだから危ない

リンボウ先生はどこでも車で行く。

私は車が好きで、どこに行くにも車で行きますが、それはもっとも安全、快適、格安で行くための手段です。「車は安全じゃないでしょう」と言う人がいるかもしれませんが、自分で運転している限りは、自分でコントロールしていくらでも安全に行くことができます。私はすこぶる安全運転なので何の問題もありません。
そこへいくと、飛行機というものは一か八かです。自分では気をつけようがない。墜落する確率はほぼゼロに近いなどと言いますが、それでも、飛行機に乗るときは誰もが命の危険を感じるはずです。精神的な抑圧を感じさせるという意味では、飛行機が一番嫌な乗り物かもしれません。
一方、新幹線は、これまで無事故で未だ死者を出したことがないと言いますが、事故以外の面での不安があります。ああやってぎゅうぎゅうにいろいろな人が乗っている車内というのは、この新型インフルエンザの時代、どんな病気をうつされるかわからないというリスクがあるのです。(108頁)

「考え方のクセがすごい!」と感動すべきところである。
ここで「いやいや、飛行機事故での死亡率は・・・」などと反論してはならない。
先生は、世の中で言われているような常識とらわれてはならない、と伝えたいのだ。
そもそも、空を飛んだら危ないに決まっているではないか!

学生はバイト禁止

アルバイトなどといったコスパの悪い行いはもってのほかである。

うちでは、子どもたちにアルバイトをすることを許しませんでした。親が学費を払っている間はアルバイトをしてはいけない。これは私のポリシーです。(166頁)

学生時代は有効なことだけをやっているわけではありません。色恋沙汰もあれば、友達とのけんか、悪い遊びなどもあります。仲間と山登りに行ったり、スキーに行ったり、いろんなことをする。
そういうことを大人になってからやりたいと思ってももうできません。一人前の大人になってしまったら、そういうことを自由にする時間はもはやないわけです。(168頁)

えっ、大人でも山登りとかスキーとかしてるって?
そんな大人は一人前の大人とはいえない。
一人前の大人であれば、そんな時間があるはずがない。

幸いなことに、私の親も同じ考えだったので、私も兄もアルバイトというものをしたことはありませんでした。私の父もしたことがない。代々そうなのです。だからといって、社会に出てから困ったという経験は一度もありません。社会勉強になる、とよく言いますが、アルバイトで知ったことなど、何でもないことなのです。それよりもアルバイトでは分からない、もっと大きなことを、自由のなかでつかんでほしい、それが私の信念です。(168頁)

そう、リンボウ先生はアルバイトなどしたことは一度もないけれども、アルバイトで得られることなど大したものじゃないのだ。
アルバイトなどする時間があったら、山登りにいたりスキーに行ったりして遊び、アルバイトでは分からない、もっと大きなことをつかむべきなのだ。

林家の子は大変である。

拗らせた男のクセがすごい生きざま

このように、この本は、独特の考え方を拗らせてしまった著者が、拗らせついでに自身の生き様を告白してしまった拗らせ本である。

この本を読んで節約に役立てようなどと思ってはいけない。

リンボウ先生に興味のある人におすすめである。

 

 

日本が多数の太平洋の孤島を領有する理由 「アホウドリを追った日本人」

日本は、国土の12倍にも及ぶ、世界第6位の広さのEEZを持っている。

これは、太平洋にあるたくさんの無人島を領有していることによるものであるが、そもそもなぜ日本はたくさんの太平洋の無人島を領有しているのか。なぜ日本人は太平洋の絶海の孤島に赴いたのか。

この本は、この疑問に関する著者の40年に及ぶ研究の結果判明した知られざるストーリーを明らかにする貴重な本である。

https://www.instagram.com/p/BPCIMa-Fsrv/

アホウドリって?

アホウドリは、両翼を広げると2.4mにもなる、太平洋でも最大級の海鳥だそうだ。
人間を恐れず、人間が近づいていっても全然逃げない。また、飛び立つときも20~30mも滑走しなければならないため、敏速に飛び立つことができない。そのため、人間が徒歩で近づいていって簡単に捕まえてしまうことができるそうだ。
これが、この鳥が「馬鹿鳥」とか「アホウドリ」などという不名誉な名前で呼ばれる理由らしい。

アホウドリ撲殺事業のはじまり

明治維新後、日本では価値を見いだされていなかった鳥類が、ヨーロッパに持って行けば利益になるということがわかり、日本は莫大な数の鳥類をヨーロッパに輸出したという。

この時代、日本は世界屈指の「鳥類輸出大国」であった。(70頁)

ちょうどそのころ、日本は、明治9年に小笠原諸島を日本領土に再編入し、南の島々に目を向けるようになったが、太平洋の無人島は、どの島も、あたり一面に無数のアホウドリがいたらしい。

このように、「ヨーロッパでの羽毛人気」と「日本での太平洋無人島への進出」が重なった結果、太平洋の無人島に行ってアホウドリをひたすら撲殺し、羽をむしり取る、という、何とも野蛮なビッグビジネスが始まったのだ。この本では、アホウドリ撲殺事業で一攫千金を狙う動きの広がりを「バード・ラッシュ」と呼んでいる。

なお、小笠原諸島にいたアホウドリは5~6年で激減し、明治10年代後半にはほとんどいなくなってしまったという。

鳥島

ひたすら棍棒で撲殺

明治20年には、玉置半右衛門という男が、鳥島でのアホウドリ撲殺事業を始める。
当初の鳥島は、アホウドリで埋め尽くされていたという。

この間のことを玉置が書いた『鳥島滞在日誌』(「鳥島一括書類」)によると、「五日の鳥島上陸後、小船や荷物を陸揚げして、アホウドリの卵や粥で夕食をすませ、夜に島内の探査に出向くが、至る所にアホウドリが列をなして巣を作っており、その様子は千里の原野に綿を敷き詰め、万里の砂漠に雪が積もっているようである。……(略)……その数は数千万羽……」とアホウドリの数に驚いている様子が記されている。(17頁)

積もる雪のように無数のアホウドリがいたというのだからすごい。太平洋の無人島はどこもこのような調子だったのだろう。

玉置は、何人もの労働者を鳥島に投入し、アホウドリをひたすら棍棒で殴って撲殺し、羽をむしり取った。年に平均40万羽ものアホウドリを捕獲し、現在の貨幣価値にして年収10億円もの収入を手に入れたという。その結果、全国長者番付に載る有力実業家となり、帝国ホテルの向かいにアホウドリ御殿と呼ばれる大邸宅まで建てたそうだ。

アホウドリの呪い

その後、明治35年、鳥島で大噴火が起こったそうだ。
このとき、日本郵船の船が鳥島に接近したという。

急きょ同島に接近し、「絶えず汽笛を以て住民を呼べども、さらに人影および家屋を見ず、只、海底火山の噴火と山頂の黒烟を見るのみ、殊に千歳浦の如きは海岸土砂崩壊湾形全く変じ、その惨状言語に尽し難く、実に惨状を極む」と本社に通報した。(54頁)

壊滅ということだろう。噴火当時、125人が鳥島での労働に従事していたが、上陸して探索を行ったものの、遺体は全く発見されなかったという。逃げ場がなかったのだろう。オソロシイ話である。

しかし玉置は、翌年の明治36には再び鳥島に労働者を派遣し、アホウドリの撲殺事業を再開したという。

南鳥島

明治29年には、水谷新六がマーカス島に上陸し、アホウドリがいるのを確認した。そして間もなく、アホウドリの捕獲事業を開始したという。その後、明治31年にはマーカス島は「南鳥島」として日本の領土に編入された。

ここでも、今度は水谷新六が、アホウドリ撲殺事業によって莫大な利益を上げたそうである。

南鳥島の労働環境もひどかったらしく、南鳥島の出稼ぎ労働者の死亡率は何と33%、3人に1人は死んだというのだ。まさに命がけである。

我々のような北の国の人間は、「南の島」と聞くとユートピア的なリゾート地を想像してしまうが、本当は、南の島は地獄なのだろう。

大東島・沖大東島(ラサ島)

アホウドリ撲殺から製糖へ

アホウドリを求めた島へ進出が、その後、他の事業へと発展していったこともあったようだ。

沖縄の東に、北大東島南大東島がある。明治18年に日本領土に編入された。

その開拓に、鳥島を開拓した玉置半右衛門が名乗りを上げ、開発許可を受ける。玉置は、鳥島アホウドリが減っていたため、次なる撲殺事業の場所を探していたのだ。

ところが、玉置の期待に反して、大東島にはアホウドリはそれほど多く生息していなかった。しかし、派遣団の団長であった依岡省三は、うっそうと茂るビロウ樹を伐採してサトウキビ栽培を始め、間もなく製糖も開始し、10年後には砂糖生産の島に変貌していたという。

アホウドリからリン鉱採掘へ

また、南北大東島から南に離れたところに、ラサ島という島がある。明治33年に沖大東島として日本領土に編入された。このころには、南の島の無人島にある資源として、鳥の糞が堆積してできるリンが注目され始めていたが、沖大東島には良質のリンが大量にあることが判明した。

沖大東島のリン鉱採掘権をめぐる熾烈な権限獲得競争の後、恒藤則隆という男が権利を獲得し、「ラサ島燐鉱合資会社(後に株式会社化)」を設立してリンの採掘に乗りだしたという。採掘量は莫大で、沖大東島は、大正7年には2000人もの人が住む「ラサ島燐鉱会社」の島になったという。

尖閣諸島

尖閣諸島も、アホウドリを追って日本人が行った島だそうだ。

尖閣諸島は明治20年に日本領土に編入されたが、明治29年に古賀辰四郎尖閣諸島でのアホウドリ撲殺事業に乗り出し、大きな利益を得たらしい。

およそ三年間のうちに八〇万羽ものアホウドリが撲殺され、九場島では島が鳥の死骸で覆われたという。(93頁)

もっとも、4年後の明治33年ころにはアホウドリが激減してしまい、古賀は、カツオ漁業などに事業を拡大していったという。尖閣諸島における経済活動としてよく引用される魚釣島のかつお節工場は、このころのものだったのだ。

ミッドウェー島も・・・日米の攻防

バード・ラッシュとグアノ・ラッシュの衝突

日本でバード・ラッシュが起きているころ、アメリカでは、収奪的な西部開拓を行った結果、土地が消耗し続けたため、「グアノ」と呼ばれる海鳥の糞が肥料として重宝され、その価格が高騰していたという。そして、この「グアノ」を求めて、アメリカも、太平洋の島々に進出した。

そうして、日本のバード・ラッシュとアメリカのグアノ・ラッシュが、太平洋で衝突したという。

あちこちの島で発見される日本人

面白いのは、このころ、日本のアホウドリ撲殺事業家が、アメリカの領有する島にもどんどん進出していた話だ。

ミッドウェー島

明治33年、アメリカ海軍が、ミッドウェー島で6人の日本人が居住し、鳥類の羽毛採取を行っているのを発見したという。

ウェーク島

また、明治35年には、ハワイとグアムのちょうど間あたりにあるウェーク島でも、アメリカ海軍が、8人の日本人が居住しているのを発見したという。

リシアンスキー島

さらに、明治37年には、アメリカ海軍が、ハワイの西にあるリシアンスキー島で、鳥類捕獲に従事している日本人70数人を発見したという。ハワイ税関がこの日本人をホノルルに連行しようとしたところ、みな飢餓状態で逆に助けを求めてきたそうだ。
なお、この70数名のうち3分の2が日本への帰国を拒否し、ハワイで生きることを選択したそうだ。

パール・アンド・ハームズ環礁

さらに今度は、明治41年、ミッドウェー島に近いパール・アンド・ハームズ環礁で3人の日本人が救助される事件があった。アホウドリ撲殺事業家は、太平洋の島々に数人ずつ、2~3か月分の食料を携帯させて上陸させ、そこで何か月か鳥を捕獲させて、後日、回収して日本に帰る、という事業を行っていたそうである。この3人は、何と、回収されず、「置き去り」にされたのだそうだ。

どんだけ遠くの島まで行っているのかと驚くほかない。

東沙島が「西澤島」に・・・日清の攻防

台湾の南西にある東沙島では、明治40年に、西澤吉治という男が、鳥類捕獲とグアノ・リン鉱の採取を目指して上陸したそうだ。西澤は、東沙島を勝手に「西澤島」と命名し、400人以上の労働者を呼び寄せ、独自の紙幣まで発行して「西澤王国」を形成したという。

何とも豪快な話だが、ここは清の領土なので、当然清から抗議があり、明治42年には西澤島は消滅したという。

南沙諸島

また、沖大東島(ラサ島)で燐鉱業を行っていたラサ島燐鉱会社は、大正10年にはスプラトリー諸島南沙諸島)でもリン鉱石の採掘に着手している。

こちらについては、昭和8年になってからベトナムを植民地としていたフランスが領有権を主張してきたが、先占を理由に抗議し、昭和14年に南沙諸島を台湾高雄州に編入したという。

疑問が氷解するともに、アホウドリの名誉回復を誓う

以上のように、本書は、知られざる事実を明らかにしてくれる貴重な本である。様々な感想が頭をよぎる。

現在の我が国の広大なEEZは、無数のアホウドリの屍の上に築き上げられたものだったのだ。ひたすら撲殺されたアホウドリたちに謹んで哀悼の意を現すとともに、アホウドリに謝罪し、アホウドリに感謝し、アホウドリの名誉回復に尽力したい。アホウドリさんアホアホ言ってすみませんでした。

 

 

居酒屋を愛しすぎた男の居酒屋論 「日本の居酒屋文化」

マイク・モラスキーの「日本の居酒屋文化」は、本当に面白い本だ。
この本を読む限り、マイク・モラスキーは、やばいヤツである。

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やばい居酒屋論

先制パンチ

この本は、次の一文から始まる。

あまり自慢できることではないが、私が日本の居酒屋で過ごしてきた時間は半端ではない。(7頁)

なかなかこれを言える人はいない。もうやばいヤツ確定であるが、この本は、そんな著者が、日本の居酒屋論を語る本である。

本書は、前半ではアカデミックな話が続くが、後半に進むに連れてゆるい話になっていくという構成になっているという。

前半部分、つまり第一章から第三章までは、居酒屋の定義や細かい分類法など、ちょっと「アカデミックな」話題が続くが、後半に入ると(それこそ、居酒屋でぐびぐび呑んでいるかのごとく)、徐々に肩の力が抜けて文体も和らぎ、筆者自身の本音が色濃く表れ、おまけに得意な毒舌も勝手に登場することが多くなる。要するに、本書の執筆そのものが、酒呑みとして私自身がだいたい辿るコースを再現している(14頁)

そうして、第一章から「アカデミックな」話が始まるのだが、その後、数ページめくると、いきなりさらっと札幌の狸小路のロシア風居酒屋「バール・コーシカ」の話が出てくる(21頁)。
「バール・コーシカ」は、シベリア抑留帰りの男性が始めた独特の雰囲気のあるロシア風居酒屋で、自分も大好きだったのが、一昨年、惜しまれつつも閉店してしまった。
初っぱなからこの店の話が出てくる時点で、著者が只者ではないことはもう明らかである。

第三の場

さらに著者の「アカデミックな」話題が続く。ここで重要なのは、「サード・プレイス=第三の場」という概念だ。「第三の場」は、家庭とも職場とも異なる場所であって、肩書や責任から解放された一個人として過ごせる場所のことを言うそうであるが、日本では居酒屋こそが「第三の場」であるというのだ。

居酒屋選びの5つの要素

また、著者は、居酒屋選びにおいて重要な要素が5つあるという。
その5つの要素とは、<品>、<値>、<地>、<場>、<人>である。
昨今はインターネットでの飲食店紹介などが発達し、<品>や<値>ばかりが注目されているが、本当に重要なのは<地><場><人>である、という。

<地>はその店がある街、<場>はその店という場所、<人>は店の人も客も含めたそのときその店にいる人たちのことである。

著者は、このような持論に基づき、味や価格ではなく、<地><場><人>の要素に力点を置いて居酒屋論を展開する。

尋常ではない酒場放浪者

そうして、話題は、酒場の種類や特徴の解説へと移っていくのだが、その中で著者は、具体例として、全国各地の酒場を大量に紹介する。北海道から沖縄まで日本全国のたくさんの酒場にポンポンと言及していく。本当に日本全国の酒場に行きまくっていることが分かる。ここらへんの記載から分かるのは、この人が行った酒場の数は尋常ではないということだ。

「焼き鳥」についての考察の中で、岩見沢の「やきとり 三船」という店の話が出てくる。この店は札幌にも支店があるらしいが、著者が行ったのは岩見沢の本店で、そこでのエピソードがちょっと面白い。

私が「三船」を訪れたとき、何よりも印象に残ったのは、そのときふと耳に入った短い会話である。カウンターの内側にいた女性従業員が、私の隣に座っていた常連らしい六十代の男性客に「きょう、バイクで来ている?」と訊いた。彼は「違う」という。彼女は、カウンター席に並んでいる客全員に向かって、大声で同じことを訊いたが、誰もバイクで来ていないという。私は当然、飲酒運転を注意するものとばかり思っていたら、彼女は諦めたようにこうつぶやいた。「カラスが誰かのバイクを突っついているから……。」

話があまりにも奇異だったので、私はすぐに把握できなかったーーつまり、われわれが店内で焼き鳥をかじっているときに、店の前で、「鳥」が客のバイクを食べようとしているわけだ。(78頁)

話自体も面白いけれども、岩見沢まで行って焼き鳥を食べて、こういう話に注目できて、面白がれる。すごいと思う。あなたは岩見沢の焼き鳥屋に行ったあとこんな文章を書けますか。自分には無理である。

また、国立駅高架下の「うなちゃん」についての説明も、こんな感じである。

国立と言えば、人間が半そでで歩き回っているのに、犬にかわいいコートを着せて散歩させるマダムがごろごろ歩いている街である。ところが、「うなちゃん」の小さなボロい木造の店舗に一歩でも足を踏み入れると、そういった目障りな光景が一気に吹き飛んでしまう。(82頁)

国立でマダムが犬を散歩させている光景を「目障りな光景」と切って捨てる姿勢からも、著者が本物のやばいヤツだということがよく分かる。

なお、著者が東京で知り合った「オソロシイ呑み友」として、やなちゃんという人物に言及されている。「やなちゃんの大阪一人酒の日々」というウェブサイトが紹介されていたので見てみると、これもまた尋常ではない。類は友を呼ぶのだろう。

京都の暗くて狭くて美味い店

話題は、「アカデミックな」話題から、<地><場><人>の話に進む。当初予告されていたとおり、徐々に酔っ払いの文章になっていく。

<地>に関して、著者は、その店がある街と店との関係性も大事だという。街と店との関係性には、「この街ならではの店だ」という順当な関係性もあるが、そればかりでなく、「この街にこんな店が?」という意外性が面白い場合もあるという。

意外性の例として紹介されている京都の「ざんぐり」という店の話は共感できて面白い。この店は、四富会館という薄暗くひっそりした長屋の中にあり、詰めても5人しか座れず、膝もカウンターにぶつかるし背中も後ろの戸にぶつかるという超極小の店で、しかも狭い厨房には威圧感のある大柄な店主が立っていたという。著者は、酒と980円くらいのつまみを注文した。

ようやく現れたのは、料亭か高級割烹のごとく、漆の盆に盛られた、色も形もきめ細かく美しい料理だった。ひと口食べたら、さらに驚愕したーーこんな古びた「四富会館」で、こんな小さくてファンキーな「焼き魚バー」で、あの大きな体の店主が、これほどの繊細な味の料理を出すとは!(136頁)

感動の情景が目に浮かぶ。こんな体験をしたい。これは、料理のおいしさもさることながら、京都でこんな店?こんな店でこんな味?という意外性の連続が感動に繋がったに違いない。

福岡の屋台からの情景

本書もここらへんまでくると、酔いも深まってくる。
<地>が重要であることの例として紹介されている、福岡天神の屋台「宗」での情景表現がとても良い。

私が入ったのは夜の十一時過ぎ、腰を下ろすと、わずか二、三メートルのところにある車道を車がびゅんびゅん飛ばしていく。背後からは歩行者たちの会話や、油に飢えているかのような自転車のギアのカチャカチャという音が聞こえてくる。見上げると満月が柔らかい光を夜空に放っている。しばらくその光景に引き込まれていたら、隣の客に出されたラーメンの匂いで我に返り、焼酎でふたたび喉を潤す。横に目をやると、ベンチの端っこに座っている客の数十センチばかり後ろに一本の木が立っていることに気づく。コンクリートのビルが林立しているなかで、その木が屋台専用の借景のように映るーー。(143頁)

完全に酔っ払いである。酔っ払い文学というやつであろうか。
しかしすごく良い。
酔っ払っている状態も含めて映像が目に浮かぶ。
これを文章化するとは、李白白居易漢詩に匹敵する偉業である。

自我忘却への誘導

また、<場>についても、酔っ払いならではの素晴らしい見解が示されている。自分がこの本で一番好きなところだ。

ずいぶん逆説的な言い方ではあるが、<客>としてのれんをくぐるとは言え、しばらく経つうちに<客>であることを忘れさせてくれる居酒屋こそ「いい店」だと私は考える。つまり、<顧客>よりも<一個人>、少なくとも<人間>という気持ちで過ごせる時間は、品書きにこそ記されていないが、居酒屋が提供するすべてのモノのなかで、もっとも貴重だと主張したい。さらに言えば、

<顧客>→<個人>→<自我忘却>

という過程に誘導してくれる居酒屋なら、まさに至福の時間を過ごしたことになると思う。
(182頁)

素面でこんなことを言っている人がいたら「・・・はぇ?」と答えるしかない。
酔っ払いだったら「そろそろ宴もたけなわですが」と締めに入るしかない。
<顧客>→<個人>→<自我忘却>」。もはや何を言っているのかさっぱり理解できない。理解はできないけれども分かる気がする。

言葉の意味はよく分からないが、とにかくこの人はとんでもなく居酒屋が好きなのだ。

本当に酒場を愛する著者による居酒屋論

ここで一部を見てみただけでも、著者のマイク・モラスキーが本当にやばいヤツで、本当に居酒屋が好き過ぎるのだということが分かってもらえたと思う。

この本は、本当に居酒屋が好き過ぎる著者が、自分流の酒場の楽しみ方を、酒場への愛情を込めて書いた本である。この本を読めば、居酒屋に行きたくなり、居酒屋を楽しみたくなるに違いない。

 

 

誰もが知っているが目を背けてきた財産についての真実 「私の財産告白」

本多静六は、林学博士で、日本の「公園の父」と呼ばれているそうである。日比谷公園を設計したことで有名であり、日比谷公園に行くといつも「ここが本多静六のつくった公園か」と思い出してしまう。
本多静六は億万長者だったことでも有名で、そんな本多静六が、昭和26年、85歳のときに、財産についての「本当のハナシ」を記したのが、「私の財産告白」という本である。

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財産をつくる

「勤倹貯蓄しかない」という目を背けたくなる真実

本多静六が勧める財産形成の方法は、まずは芯となる財産をつくり、その後これを投資によって増やす、という、ごくごくスタンダードなものである。
そして、芯となる財産をつくる方法について、「勤倹貯蓄するしかない」と、目を背けたくなる誰もが知ってた真実を言う。

本多静六はもともと貧しかったが、貧乏と積極的に戦う覚悟を決め、「4分の1天引き貯金法」を実行したという。これは、通常収入の4分の1と臨時収入のすべてを天引きして貯金し、残りで生活する、というものである。貯金したければ天引きしろという、これまた目を背けたくなるような誰もが知ってた真実である。

そこで断然決意して実行に移ったのが、本多式「四分の一天引き貯金法」である。苦しい苦しいで普通の生活をつづけて、それでもいくらか残ったら……と望みをかけていては、金輪際余裕の出てこようはずはない。貧乏脱出にそんな手温いことではとうてい駄目である。いくらでもいい、収入があったとき、容赦なくまずその四分の一を天引きして貯金してしまう。そして、その余の四分の三で、いっそう苦しい生活を覚悟の上で押し通すことである。(23頁)

ところで、私のやり方をさらに詳述してみると、「あらゆる通常収入は、それが入ったとき、天引き四分の一を貯金してしまう。さらに臨時収入は全部貯金して、通常収入増加の基に繰り込む」法である。これを方程式にすると、
貯金=通常収入×1/4+臨時収入×10/10
ということになる。(24頁)

貯金するにはこのように天引き貯金をするしかないことは、誰もが知っているが、実行するのは非常に難しい。ついつい、他にもっと簡単な方法がないものかと考えてしまう。本多静六のこのアドバイスは、他の簡単な方法などない、という残酷な真実を告知し、覚悟を決めて勤倹貯蓄するよう求めるものである。

アルバイトにも精を出す

本多静六は、四分の一天引き貯金法による勤倹貯蓄だけでなく、アルバイトにも精を出すことを勧める。そのアルバイトも、本業の足しになり、勉強になるような者を選ぶべきであるという。

さて、話は前に戻るが、勤労生活者が金を作るには、単なる消費面の節約といった、消極策ばかりでは十分でない。本職に差し支えない限り、否本職のたしになり、勉強になる事柄を選んで、本職以外のアルバイトにつとめることである。(44頁)

本多静六自身は、1日1頁の原稿執筆を続けたほか、諸官庁の嘱託業務、大学等での講師、民間事業の財務や事業上の相談、など、学問を生かしたアルバイトを数多く行ったという。

この本多静六のアドバイスのなかで重要なのは、本業と関係のないことをするのではなく、本業と関連し、本業にも直接間接に役に立つ、というところではないかと思う。本業と関係のないアルバイトや副業をすると、注意も能力が分散されてしまい、本業もアルバイトも仕事の質が悪化してしまう。しかし、本業と関連し本業にも役に立つアルバイトや副業であれば、相乗効果で、本業もアルバイトも仕事の能力や結果の質も上がるであろうし、それぞれの仕事のモチベーションを高めることにもつながりそうである。

投資で増やす

本多静六は、ドイツに留学した際に師事したブレンタノ博士から、このように言われたという。

「いかに学者でもまず優に独立生活ができるだけの財産をこしらえなければ駄目だ。そうしなれば常に金のために自由を制せられ、心にもない屈従を強いられることになる。学者の権威も何もあったものではない。」(28頁)

その上で、このように言われ、投資を勧められたという。

「財産を作ることの根幹は、やはり勤倹貯蓄だ。これなしには、どんなに小さくとも、財産と名のつくほどのものはこしらえられない。さて、その貯金がある程度の額に達したら、他の有利な事業に投資するがよい。」(29頁)

そして、鉄道や山林など、国家の発展に伴って伸びるであろう事業への投資を勧められたという。
このアドバイスに従って、本多静六は、勤倹貯蓄によってためたお金を投資し、財産を形成していったというのだ。

本多静六は、最初に私鉄時代の日本鉄道株を買い、その後、鉄道が国有化された際に買値の2.5倍の価格で政府に買い上げてもらったという。
続けて、秩父の山奥の山林を二束三文で買ったが、その後、日露戦争後の好景気で木材が値上がりし、買値の70倍で売ったという。
その後も投資を続け、40歳になったときには大学の俸給より貯蓄の利子や株式配当の方がずっと多くなったという。
わらしべ長者みたいな話だ。

時代背景が異なるので、この話を現在にそのまま適用することはできないとしても、当時も誰もがこのようなことをできたわけではなく、本多静六のように大きな財産を形成した者はごくわずかなのであろうから、本多静六の投資法には、現在にも共通する何らかの方法論があるに違いない。

株式投資

二割利食い、十割益半分手放し

本多静六は、株式投資については、「二割利食い、十割益半分手放し」というルールで押し通したという。

「二割利食い」は、買値の20%の利益が出たところでキッパリと利食いし、それ以上は決して欲を出さない、というルールである。
そして、「十割益半分手放し」は、いつの間にか買値の2倍以上に騰貴したら、半分手放す、というルールである。そうすると、もともとの買値である元本は回収しているので、あとは増えれば増えるだけ利益となるし、たとえ暴落しても損はしない、という。

このルールでは、2割で利食いを徹底すると言っておきながら、どうしていつの間にか10割益までいってしまうことがあるのかが不思議だが、頻繁に株価をチェックしたりせずに放っておくのであれば、忘れていた株の株価がいつのまにか2倍になっているということもあるのかも知れない。

値下がりしたらどうするのかというと、売らずにいつまでも持ち続けるので損はしないのだという。無理のない余剰資金で買うので、値下がりしているのにどうしても売らなければならない、という状況に追い込まれることはないという。

値下がりすることもあるが、この場合無理のない持ち株だからいつまでも持ちつづける。したがって絶対に損はしない(50頁)

好景気時代は勤倹貯蓄、不景気時代は思い切った投資

本多静六によると、株式投資の鉄則は、「好景気時代には勤倹貯蓄を、不景気時代には思い切った投資を」であるという。

投資戦に必ず勝利を収めようと思う人は、何時も、静かに景気の循環を洞察して、好景気時代には勤倹貯蓄を、不景気時代には思い切った投資を、時機を逸せず巧みに繰り返すよう私はおすすめする。(52頁)

なお、本多静六が一番うまくいった株式投資は、関東大震災直後に売られすぎだと思って買った株であるという。最近に当てはめてみると、リーマンショックとか、東日本大震災のときなどが思い切った投資をするときだったのだろう。今は株は買わずに勤倹貯蓄すべきときに違いない。

絶対安全から比較的安全へ

本多静六は、ある青年が百万円を二億円にしたいといって相談に来て、財産を増やすための具体的なアドバイスをして欲しいと迫られたのに対し、こう答えたという。

投資の第一条件は安全確実である。しかしながら、絶対安全をのみ期していては、いかなる投資にも、手も足も出ない。だから、絶対安全から比較的安全、というところまで歩み寄らねばならぬ。そうして、その歩み寄りの距離だけを、細心の注意と、機敏な実行で埋め合わさなければならぬ。(95頁)

そして、卵を一つのカゴに入れるのは危険だから分散しろ、とか、レバレッジを効かせるために銀行から金を借りろ、というアドバイスをしたという。

あまり目新しさのない話だが、本多静六が言うのだから、つまらないけど本当の話なのだろう。これもきっと誰もが知ってた目を背けたくなる真実の1つであるに違いない。

財産と幸せ

「私の財産告白」には、財産形成に関する話のほかにも、お金や仕事に関係する様々なアドバイスとエピソードが記されている。そのひとつが、財産と幸せに関する話である。ここでも、お金があればそれに比例して幸福になるわけではない、という、誰もが知ってた目を背けたくなる真実が示されている。

これに関して、本多静六の「天丼哲学」が紹介されている。

ずいぶんと古い話だが、私が苦学生時代に、生まれて初めて一杯の天丼にありついたとき、全く世の中には、こんなウマイものがあるかと驚嘆した。処は上野広小路の梅月、御馳走してくれたのは金子の叔父であった。

そのときの日記を繰り返してみると、

「ソノ美味筆舌ニ尽シ難ク、モー一杯食ベタカリシモ遠慮シテオイタ、ソノ価三銭五厘ナリ、願ハクバ時来ツテ天丼二杯ヅツ食ベラレルヤウニナレカシ」

と記されている。

後年、海外留学から帰ってきて、さっそくこの宿願の「天丼二杯」を試みた。ところが、とても食い尽くせなかったし、またそれほどにウマクもなかった。この現実暴露の悲哀はなんいついても同じことがいえる。(68頁)

これは誰もが経験があるのではないかと思う。自分も、昔は、コンビニに行って値段を気にせずに好きな者を好きなだけカゴに入れて買えるくらいになれればどんなに幸せか、と思っていたことがあったけれども、いざそうなってみてやってみても、大して満足感もないし、そもそもコンビニの商品なんかそれほど欲しくない。

本多静六は、天丼哲学を踏まえて、こう結論づける。

いったい、人生の幸福というものは、現在の生活自体より、むしろ、その生活の動きの方法が、上り坂か、下り坂か、上向きつつあるか、下向きつつあるかによって決定せられるものである。(69頁)

いまどこにいるかより、どこに向かっているかの方が大事だということなのだろう。

財産と世渡り

また、「世渡り」に関して、なかなか割り切れない教訓も書かれている。
本多静六は、渋沢栄一安田善次郎に言及しながら何事も成功するには理性をもって感情を抑えることが極めて重要だが、他方で、理性をむき出しにせず、理性を抑えて情に負けることも大切だという。

たとえば、馬鹿げた失敗をしたうえ金をもらいにくるような者に金を与えるのは、まるでドブの中へ金を捨てるように思えるが、そこはいわゆる「小言はいうべし、酒は買うべし」で、その将来を戒めると共に、多少の金をその場でめぐんでやるくらいのゆとりをもちたい。
これは本人にもおのずから反省の機会を与える場合にもなろうし、また自分のためにも財的社会税を支払う結果ともなるのである。渋沢栄一安田善次郎の両翁は、共に理性の発達した財界の偉人として私の尊敬する人物であったが、安田翁凶刃に倒れ、渋沢翁が最後まで安泰におられたのは、正にこの辺の用意の差に由来したものと信ずるのである。(89頁)

渋沢栄一安田善次郎も有名な実業家だが、安田善次郎は、朝日平吾という人に殺害された。どうやら、朝日平吾安田善次郎に事業への寄附を求めたところ、安田善次郎がこれを断ったため、殺害されたらしい。
この朝日平吾という人は、それ以前に、渋沢栄一にも寄附を求めたことがあり、渋沢栄一はこれをいったん断ったが、朝日平吾が寄附しなければその場でハラを切ると言い出したので、やむなく寄附したという。

財産を持つと、訳分からないヤツが意味不明な理由でお金を出すように頼んでくることも仕方がない、それを断って刺されるくらいなら、財産税だと思ってめぐんでやった方がいい、何とも割り切れない話だがそれが現実なのだ、ということなのだろう。
これはきっと今も同じだろう。

なお、本多静六が語る渋沢栄一のひととなりは、なかなか興味深い。渋沢栄一に関する本はたくさんあるが、直接の知人が「彼はこういう人だ」と語る本はあまりないように思う。

渋沢さんという人はなかなかの理屈屋で、理屈に合わぬことはなんとしても取り上げなかった。事業でも、寄附でも、身の上相談でも、そこに合理性の発見されない限りてんで振り向かなかった。しかもそれは、頑固に近い儒教的な一種の合理主義からきているもののようであった。
ところが、いったんこうと引き受けたからには、何から何まで親身になってよく世話をつづけられた。そこに多少の不合理が生じようと、理屈に合わぬことが出てこようと、今度は打って変わった人情で押し通され、最後まで親切に指導をつづけられた。理に始め、情で終わられる、めずらしい存在であった。(128頁)

渋沢栄一の本を読みたくさせる記述である。

仕事には遠慮は無用

また、本多静六の昇進に関するエピソードも面白い。

本多静六は、ドイツ留学から帰国すると、農科大学の教授への推薦を打診されたという。卒業2年でいきなり教授に就任というのは極めて異例の扱いだったという。
しかしながら、本多静六が教授になってしまうと、かつて教えを受けた2人の助教授らを飛び越えてその上に立つことになってしまう。
そのため、本多静六は、2人の先生の下にして欲しいと答え、その結果、教授ではなく助教授に就任したそうである。
ところが、その後、その2人の先生がいっこうに昇進せず、それにつられて本多静六の昇進も長いこと待たされ、8年間も助教授のままおかれることとなった。さらにこの間に、著者に2年遅れて留学から戻ってきた知人が教授となって自分の上に立つこととなってしまい、つまらない謙遜をしたことを後悔し、悶々とした日々を送ったという。

そこで私は、いまさらながら、「私の体験社会学」として力説したい。ーそれは、いかなる場合、いかなる職務でも、自分自身にその実力さえあれば、与えられた当然の地位は敢然と引き受けるべし、ということである。(160頁)

 「自分自身にその実力さえあれば」というところがよい。このような場面ではついつい自分がその職務にふさわしいかどうかと考えてしまうが、ふさわしいかどうかではなく、できるかどうかを考え、できるのであればやれ、ということらしい。
自分も肝に銘じておきたいと思う。

目を背けたくなる誰もが知ってた真実

「私の財産告白」には、奇をてらったことは書かれておらず、つまらない答えかも知れないけれどもこれが答えなのだから仕方がないじゃないか、という感じで、誰もが知ってたけれども目を背けてきた真実がずばり書かれている。
財産について考えたい人にも、本多静六に興味を持った人にも、オススメの本である。

 

 

心をかき乱す裁判官面白エッセイ 「リーガル・エクササイズ」

「リーガル・エクササイズ」は、元東京高裁部総括判事の加藤新太郎のエッセイ集だ。
弁護士じゃないのに弁護士に関する本をたくさん出していた著者も、昨年、退官して弁護士となり、某大手法律事務所に入所し、ご活躍されているようである。
「リーガル・エクササイズ」は、著者が退官前に最後に出した単行本のようである。いろいろと考えさせられるエピソードが掲載されている。

マジか!名の変更申立事件

この本の中でピカイチの秀逸すぎる強烈なエピソードが、名の変更申立事件の話だ。

目の不自由な40歳くらいの独身女性が、占い師から「名前が悪い、名前を変えれば開眼する、このチャンスを逃すともうチャンスは二度とない。」と言われ、家庭裁判所に自分の名の変更を求める申し立てをしたという。
このような申し立ては「迷信に基づく改名の申立て」といわれ、正当事由が認められない典型例のひとつと言われている。そのため、一見すると、この女性の申立てを許可することは難しい事案だとおもわれたが、著者は、審判で事情を聞き、悩みに悩んだ末、人助けだと思い、申し立てを許可した。
そして3、4か月後、この事件のことなどすっかり忘れていたころ、その女性から裁判所に電話があり、その女性はこう言ったという。

「目が見え始めました。」

何とも不思議で面白い話である。不思議さを笑える話でもあるし、不思議さを考えさせられる話でもある。一度聞いてしまうと忘れられない秀逸な話である。

裁判官も認知バイアスからは逃れられないのか

別のエッセイで、著者は、「世の中にはずるい人もいるので、裁判官は狡猾な当事者の一枚上手をいかなければならない」と説き、具体例として次のような話をあげている。

X所有の土地の隣地に建つY所有の建物のひさしがわずかにX所有の土地に越境していた。Xは、不動産業者にこの土地を売る話を進めていたが、売買契約に支障のないよう、Yと話し合い、Yは一定の期日までに越境部分を撤去すると口頭で約束した。その後、Xと不動産業者はX所有の土地を5300万円で売る契約を締結したが、その売買契約において、「Xが一定の時期までにYの建物の越境状態を解消すること」という条件が付され、これが解消されないときは売買契約は取り消され、Xは不動産業者に売買代金の1割の違約金を支払うこととされた。
しかしながら、その後、Yは、約束の日までに越境部分を撤去しなかった。その結果、Xと不動産業者との間の売買契約は解除され、Xは不動産業者に売買代金の1割の違約金(530万円)を支払う羽目になった。
そこで、Xは、Yに対し、Xが支払った違約金相当額530万円の損害賠償請求をした。
Yは、Xの主張するような約束はしていないと争った。

XとYとの間の約束は口約束で言った言わないの問題になってしまっているので、証明不十分としてXの請求が棄却されること自体はやむを得ない。
それはさておき、著者は、この事案について、「よく考えてみると、この特約付売買契約は奇妙だ。」と言い出すのだ。
1.越境部分は空中で、しかもわずかなのだから、買主がこれを気にするのははなはだ不自然だ、2.違約金の額も高すぎる、3.買主が本当にこの土地を欲しいのであれば、越境の解消を売主であるXに任せるのはおかしい、と言う。
そして、これは売買契約自体が架空なのだ、Xの弁護士は売買契約自体の疑問に思い至ることが必要であった、というのだ。

この論理は理解不能だ。1.5300万円もする住宅地を買うのだから、隣地建物が越境していたら何とかしたいと考えるのは当たり前だ。越境部分がわずかでしかも空中だからと言って気にしないで買う人がいれば、とんでもないお人好しである。特に、この事例では買主は不動産業者なので、購入した土地を自分で使うわけではなく他者に売るわけであるから、相隣問題のないケチのつかない土地にしておきたいのは当たり前である。2.個人と業者の不動産売買の手付けの上限は2割とされており、実際にそれに近い金額の手付けが授受されることも少なくないことを考えると、売買代金の1割という違約金の金額は、全然高くない。3.買主が不安に思う土地の障害を引き渡し時までに売主の責任で除去することとするのは普通のことで、むしろよくあることである。越境の解消を売主に任せるのは何もおかしくない。これを買主の責任で行う場合には、その分、売買代金が減額になる。
こんな理由で売買契約が架空だと思われたら、Xとしてはたまらないのではないだろうか。

人は、自分が本当の真実を見つけ出したと思ってしまうと、その結論にそう理由しか目に入らなくなり、その結論から逃れられなくなる。裁判官も人なので、いったん「おかしいぞ。さてはこれは本当は売買自体が架空なのだな!騙されると思ったら大間違いだ。」と思いついてしまうと、それがいかに的外れであっても、思いついた本人はもうその考えから逃れることはできなくなってしまう。

このエピソードは、裁判官も普通の人であり、認知バイアスからは逃れられないのだということを思い起こさせてくれる貴重な話である。

良い陳述書・残念な陳述書

陳述書についてのエッセイは、陳述書を作成する側の立場にある弁護士にとって、非常に参考になる。

このエッセイでは、女性Xが男性Yに暴力を振るわれたとして訴え、男性Yは暴力など振るっていないとして争っている事件で、女性Xから提出された「男性Yがテーブルをひっくり返し、テーブル上にあったCDや雑誌を投げつけた」という陳述書に対し、辛辣なコメントがされていて、参考になる。この陳述書は、語られるべき事項が欠けており、出来事が迫真性を伴う形で裏づけられていないという。

第1に、Yはテーブルをひっくり返すほど暴れたというが、ひっくり返したというテーブルは、どのくらいの大きさか、ひっくり返したときに何が乗っていたか。テーブルの上に乗っていたものがあったとすれば、その周囲はひどい有り様になったはずであるが、その惨状はどのようなものであったか。
第2に、Xは翌朝マンションから出ていったというが、ひっくり返したというテーブルはどうなったのか。誰かが片付けていたのか、そのままにしていたのか。
第3に、XはYからCDや雑誌を投げつけられたというが、よけることができたのか。体に当たったのか。体に当たったとしたら、痛かったのか、ケガをしたのか、それほどではなかったのか。
第4に、Xが投げつけられたCDをよけたとしたら、壁に当たったのか、床に当たったのか。壁や床に当たったとしたら、傷がついたのか、つかなかったのか。
以上のような事項が具体的に記載されていない陳述書は、作文に等しい。(177頁)

何とも身につまされる指摘である。

エッセイでは、逆に良い陳述書についても紹介されている。その陳述書のどういう点が良いのかというと、「当人でなければ認識できない事柄が、具体的に記述されていた。その表現も、紋切り型ではなく、訥々とはしているが肉声で述べられていると感じられるものであった。」という。

前半の「当人でなければ認識できない事柄が、具体的に記述されていた。」という部分はよく分かる。文章化するときにはついついストーリーとしての読みやすさを気にしてしまうが、そんなことより、ストーリーとしての流れが悪くても、具体的事実を淡々と羅列していった方が、証拠としては良い証拠になるのだろう。
しかし、後半の「その表現も、紋切り型ではなく、訥々とはしているが肉声で述べられていると感じられるものであった。」という部分はどうなんだろうと思う。訥々と話すのは素朴な誠実さを感じさせるかも知れないが、陳述書は文章である。訥々とした文章を書くというのは、ただ単に国語能力に問題があるだけではないかとも思う。わざと訥々と話すような感じで文章を書くのは、供述の文書化というよりも、もはや心証を操るための文章表現の高等テクニックの領域ではないか。
こうなると、陳述書も、わかりやすく文章化するより、尋問調書のように問答の書き起こしのようにした方が良いかも知れない。もちろん、問いに対する答えは訥々と話すような感じで書く必要がありそうだ。

民事訴訟の増加について

別のエッセイでは、著者は、日本での民事訴訟利用率が他国と比べて低い理由についての考察をしつつ、今後は民事訴訟が増加するとみる。

考えてみると、我が国において、今後、民事訴訟の増加をもたらす要因となる要因は少なからずみられる。例えば、規制改革は自由競争をもたらすが、その行き過ぎは刑事制裁だけでなく民事的救済も求められることになろう。また、外資系ファンドの活動による企業買収について司法判断を求められるケースは、グローバル化の象徴的係争である。さらに、地域社会の変容(ムラ社会の崩壊)は、近隣関係の係争を確実に増加させる。加えて、弁護士数の大幅増加は、決定的な増加要因とみられる。
民事訴訟の利用は増えるであろう。(203頁)

書かれていることは確かにそのとおりなのだか、現実には逆のことが起きている。ここに書かれているような規制改革やグローバル化、地域社会の変容や弁護士数の増加といった要因は、15年も前の小泉政権のころからどんどん進んできたが、この15年間で民事・行政訴訟の件数は増えるどころか何と半分になっている。
現実をふまえると著者のこの予想は当たらないのではないかとも思われるが、どうなるのだろうか。

考えを読んで、納得したり突っ込んだりしながら考える

このように、この本は、裁判官があれこれと考えたことを徒然に書いた内容を読んで、「その通りだ」と思ったり、「なるほど」と思って参考にしたり、「それはおかしい」と思って反対意見を考えてみたりでき、有意義な時間を過ごせる本である。法曹関係者であれば、明日からの仕事のモチベーションに対して少なからずプラスの影響を与えるに違いない。

 

 

今すぐ畑を耕そう 「次の時代を、先に生きる。」

著者の髙坂勝氏は、元緑の党共同代表で、現在は都内でオーガニックバーを経営しながら、千葉県匝瑳市で農業を営んでいるそうだ。
この本は、そんな著者が、経済成長至上主義は人を幸せにしないと論じた上で、幸せで不安のない生活を送るために半農半~生活を送ることを勧める本だ。

https://www.instagram.com/p/BOv04vzFB9_/

経済成長至上主義は人を幸せにしない

経済成長を目指すのが当然のことのようになっている世の中だが、この本は、経済成長は人を幸せにしないと述べ、経済成長至上主義を批判する。ここで言っている経済成長は、世の中の富の増大というより、大量生産大量消費のことを念頭に置いているようだ。

大量生産大量消費によって経済成長を目指す世界では、売上前年比増を目指して、企業はあらゆる手段を用いて消費を煽り、企業の従業員が帰宅して消費者に回れば逆に消費を煽られ、もっと売ろう、もっと買おう、を目指して常に走り続けることになる。 

そして当然、働く人は何かを売るために、ありとあらゆる手段を使って消費者を煽り立てる。一方、働く時間が終わってプライベートになると、そのツケが自分に回ってくる。(40頁)

『もっと』を追いかけている限り、『もう十分』にたどり着けない。(47頁)

庶民の財布の底には穴が開いていて、そもそも少ししか入らないお金がその穴から落ちゆく。(304頁)

政治の世界では、大企業が儲かれば中小企業にも波及し、従業員の給料も上がり、いずれ皆が豊かになる、というトリクルダウンの理論が説かれ、大企業を優遇する政策の正当化根拠とされている。しかしながら、現実には、過去25年をみても、経済成長しても平均賃金は上がっていないし、むしろ年収200万円以下の人口は増えている。著者は、トリクルダウンは現実には起こらず、トリクルダウンを目指した政策によって、企業がどんどん儲かり、一般市民は経済的に苦しくなり、格差が拡大するという逆トリクルダウンが起きているという。

このような世界で頑張っても幸せになれない、経済成長至上主義は人を幸せにしない。

1968年に暗殺されたアメリカ大統領候補のロバート・ケネディは生前に以下の演説をした。
「GDPには、大気汚染や、たばこの広告や、交通事故で出勤する救急車、ナパーム弾や核弾頭、街で起きた暴動を鎮圧するための武装した警察の車両、玄関の特殊な鍵、囚人を囲う牢屋、森林の破壊、都市の無秩序な拡大による大自然の喪失、ライフルやナイフ、子どもにおもちゃを売るために暴力を美化するテレビ番組、も含まれている。」
GDPが増えるからといって幸せな社会になるとは限らないことをケネディは約50年前に言い当てた。(275頁)

森や川や海や大地があれば生きていける

じゃあどうすればいいのか。

過去を思い起こせば、ほんの150年前まで、ほとんどの人が自分の食べ物を自分で調達していたのであり、これを大いに参考にすべきと著者はいう。

現代において原住民のようにキャッシュレスで暮らし、時に滅びてゆくことを選択することはできない。しかし大きなヒントがある。森や川や海や大地があれば、不足するお金を補って、生きてゆけるのだ。(51頁)

就職しなくても生きていける方法はある。それは、1.ナリワイを起こすこと、2.自給すること。両方やると相乗効果があるので両方やるのがオススメだとのことだ。

ここにいう「ナリワイ」は、自給では足りないものを補うために必要となる最低限のお金を手に入れるためにするものだが、それは、自分が楽しみ、人が喜び、世の中を良くする、という3要素を満たすものでなければならないという。

そのうえで、自給すること、つまり、自分で食べるものを自分でつくることを勧める。

著者の世界観や政治的な主張に賛同するかどうかはさておき、この「自給すれば仕事しなくても生きていける」という考えは、漠然とした経済的不安を吹き飛ばす強力なパラダイムシフトをもたらす発想だと思う。

自給しよう

自給は難しくない

自給しようと言われても農業なんて難しそうでできないと怖気づいてしまうが、著者に言わせれば米作りは簡単で、年に20日程度作業するだけでよく、これまでに指導した生徒の中で、米作りに失敗した人はいないという。

米作りは実は簡単なんだ。今まで200組くらいの方々にお米作りをお教えしてきて、作れなかった人はいない。(144頁)

大豆も田んぼの畦に植えておけば育つらしい。

自給は投資効率がよい

著者に言わせれば、株式に投資するより、野菜の株に投資した方がはるかに投資効率がよいという。

ちなみに同じ「株」でも株式投資の「株」より、野菜の「株」は遙かに安いし、遙かに投資効率が良い。(146頁)

たしかに株式を買っても大きく損する可能性があり、逆に大きく儲けるのはとても難しい。他方で、野菜は、数百円で買える種を植えれば、お金をかけなくてもどんどん育ち、たくさんの野菜が実るので、最初の投資が何倍にもなるともいえる。失敗するとしても、最初に種を買った分の費用を損するだけだ。そう考えると、野菜の栽培はすごく投資効率がよいような気がしてくる。

大した土地はいらない

野菜作れといわれてもそんな土地ないわ!と思ってしまうが、自給するための野菜を育てるためにそれほど土地は必要ないとのことだ。1坪の畑をうまく回せば野菜をほぼ自給できると言う人すらいるとのこと。著者にいわせれば土地がある田舎に移住しろということなのだが、そこまでいかなくても、市民農園など農地を貸してくれるサービスは都会でもあるし、土地がなくてもプランターでベランダで育ててもいいし、室内で水耕栽培もできる。

自給というパラダイムシフト

働かなくてもよいようになるためにはどれだけお金を貯めればいいんだろう、仕事を辞めて生活するためにはどれだけ不労所得を増やせばいいんだろう、老後の不安をなくすためには何千万円貯めればいいんだろう、などという悩みは、お金の問題をお金で解決しようとしているところが間違っていたのかもしれない。

食べ物を買えるお金があるかないかを心配するのではなく、自分で食べ物をつくればよかったのだ。

そう考えてしまうと、仕事のことやお金のことに関する悩みが一挙に解決へ向かっていく気がする。

少しでも食べ物を自給できるという自信と経験は、人生の土台を大きく変える。(148頁)

「生かされている」「なんとかなる」。そう思えれば、人生の問題の大半が片付く。(150頁)

少しでも自給しよう。そして「The消費者」から抜け出そう。(154頁) 

アメリカで高齢者に対して行われた「死の直前で何を後悔しているか?」というアンケートの回答には、お金があればできたことは挙がらず、むしろお金を求めていたから二の次にしてしまったことばかりが挙げられていたという。お金がなくても生活していけることが確信できたならば、本当に大事なことにフォーカスできる気がする。

とりあえず野菜を育ててみよう

いきなり田舎に移住して自給を始めるのは難しいとしても、まずは野菜をつくってみるところから始めることはできるのではないか。

早速、野菜を育てようと思う。