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今すぐ畑を耕そう 「次の時代を、先に生きる。」

お金 生き様

著者の髙坂勝氏は、元緑の党共同代表で、現在は都内でオーガニックバーを経営しながら、千葉県匝瑳市で農業を営んでいるそうだ。
この本は、そんな著者が、経済成長至上主義は人を幸せにしないと論じた上で、幸せで不安のない生活を送るために半農半~生活を送ることを勧める本だ。

https://www.instagram.com/p/BOv04vzFB9_/

経済成長至上主義は人を幸せにしない

経済成長を目指すのが当然のことのようになっている世の中だが、この本は、経済成長は人を幸せにしないと述べ、経済成長至上主義を批判する。ここで言っている経済成長は、世の中の富の増大というより、大量生産大量消費のことを念頭に置いているようだ。

大量生産大量消費によって経済成長を目指す世界では、売上前年比増を目指して、企業はあらゆる手段を用いて消費を煽り、企業の従業員が帰宅して消費者に回れば逆に消費を煽られ、もっと売ろう、もっと買おう、を目指して常に走り続けることになる。 

そして当然、働く人は何かを売るために、ありとあらゆる手段を使って消費者を煽り立てる。一方、働く時間が終わってプライベートになると、そのツケが自分に回ってくる。(40頁)

『もっと』を追いかけている限り、『もう十分』にたどり着けない。(47頁)

庶民の財布の底には穴が開いていて、そもそも少ししか入らないお金がその穴から落ちゆく。(304頁)

政治の世界では、大企業が儲かれば中小企業にも波及し、従業員の給料も上がり、いずれ皆が豊かになる、というトリクルダウンの理論が説かれ、大企業を優遇する政策の正当化根拠とされている。しかしながら、現実には、過去25年をみても、経済成長しても平均賃金は上がっていないし、むしろ年収200万円以下の人口は増えている。著者は、トリクルダウンは現実には起こらず、トリクルダウンを目指した政策によって、企業がどんどん儲かり、一般市民は経済的に苦しくなり、格差が拡大するという逆トリクルダウンが起きているという。

このような世界で頑張っても幸せになれない、経済成長至上主義は人を幸せにしない。

1968年に暗殺されたアメリカ大統領候補のロバート・ケネディは生前に以下の演説をした。
「GDPには、大気汚染や、たばこの広告や、交通事故で出勤する救急車、ナパーム弾や核弾頭、街で起きた暴動を鎮圧するための武装した警察の車両、玄関の特殊な鍵、囚人を囲う牢屋、森林の破壊、都市の無秩序な拡大による大自然の喪失、ライフルやナイフ、子どもにおもちゃを売るために暴力を美化するテレビ番組、も含まれている。」
GDPが増えるからといって幸せな社会になるとは限らないことをケネディは約50年前に言い当てた。(275頁)

森や川や海や大地があれば生きていける

じゃあどうすればいいのか。

過去を思い起こせば、ほんの150年前まで、ほとんどの人が自分の食べ物を自分で調達していたのであり、これを大いに参考にすべきと著者はいう。

現代において原住民のようにキャッシュレスで暮らし、時に滅びてゆくことを選択することはできない。しかし大きなヒントがある。森や川や海や大地があれば、不足するお金を補って、生きてゆけるのだ。(51頁)

就職しなくても生きていける方法はある。それは、1.ナリワイを起こすこと、2.自給すること。両方やると相乗効果があるので両方やるのがオススメだとのことだ。

ここにいう「ナリワイ」は、自給では足りないものを補うために必要となる最低限のお金を手に入れるためにするものだが、それは、自分が楽しみ、人が喜び、世の中を良くする、という3要素を満たすものでなければならないという。

そのうえで、自給すること、つまり、自分で食べるものを自分でつくることを勧める。

著者の世界観や政治的な主張に賛同するかどうかはさておき、この「自給すれば仕事しなくても生きていける」という考えは、漠然とした経済的不安を吹き飛ばす強力なパラダイムシフトをもたらす発想だと思う。

自給しよう

自給は難しくない

自給しようと言われても農業なんて難しそうでできないと怖気づいてしまうが、著者に言わせれば米作りは簡単で、年に20日程度作業するだけでよく、これまでに指導した生徒の中で、米作りに失敗した人はいないという。

米作りは実は簡単なんだ。今まで200組くらいの方々にお米作りをお教えしてきて、作れなかった人はいない。(144頁)

大豆も田んぼの畦に植えておけば育つらしい。

自給は投資効率がよい

著者に言わせれば、株式に投資するより、野菜の株に投資した方がはるかに投資効率がよいという。

ちなみに同じ「株」でも株式投資の「株」より、野菜の「株」は遙かに安いし、遙かに投資効率が良い。(146頁)

たしかに株式を買っても大きく損する可能性があり、逆に大きく儲けるのはとても難しい。他方で、野菜は、数百円で買える種を植えれば、お金をかけなくてもどんどん育ち、たくさんの野菜が実るので、最初の投資が何倍にもなるともいえる。失敗するとしても、最初に種を買った分の費用を損するだけだ。そう考えると、野菜の栽培はすごく投資効率がよいような気がしてくる。

大した土地はいらない

野菜作れといわれてもそんな土地ないわ!と思ってしまうが、自給するための野菜を育てるためにそれほど土地は必要ないとのことだ。1坪の畑をうまく回せば野菜をほぼ自給できると言う人すらいるとのこと。著者にいわせれば土地がある田舎に移住しろということなのだが、そこまでいかなくても、市民農園など農地を貸してくれるサービスは都会でもあるし、土地がなくてもプランターでベランダで育ててもいいし、室内で水耕栽培もできる。

自給というパラダイムシフト

働かなくてもよいようになるためにはどれだけお金を貯めればいいんだろう、仕事を辞めて生活するためにはどれだけ不労所得を増やせばいいんだろう、老後の不安をなくすためには何千万円貯めればいいんだろう、などという悩みは、お金の問題をお金で解決しようとしているところが間違っていたのかもしれない。

食べ物を買えるお金があるかないかを心配するのではなく、自分で食べ物をつくればよかったのだ。

そう考えてしまうと、仕事のことやお金のことに関する悩みが一挙に解決へ向かっていく気がする。

少しでも食べ物を自給できるという自信と経験は、人生の土台を大きく変える。(148頁)

「生かされている」「なんとかなる」。そう思えれば、人生の問題の大半が片付く。(150頁)

少しでも自給しよう。そして「The消費者」から抜け出そう。(154頁) 

アメリカで高齢者に対して行われた「死の直前で何を後悔しているか?」というアンケートの回答には、お金があればできたことは挙がらず、むしろお金を求めていたから二の次にしてしまったことばかりが挙げられていたという。お金がなくても生活していけることが確信できたならば、本当に大事なことにフォーカスできる気がする。

とりあえず野菜を育ててみよう

いきなり田舎に移住して自給を始めるのは難しいとしても、まずは野菜をつくってみるところから始めることはできるのではないか。

早速、野菜を育てようと思う。