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交渉してみようと思わせてくれる名著 「交渉のブートキャンプ」

昨今は弁護士などが書いた交渉術の本が多く出ているが、実際に役立つものはほとんどない。ああしろこうしろという本が多いが、そもそも「できれば交渉などしたくない」という人が多いので、「交渉してみよう」というモチベーションを高めさせてくれる本こそが求められているのではなかろうか。

エド・ブラドーは米国で「キング・オブ・ネゴシエーター」と呼ばれているそうであるが、エド・ブラドーの「交渉のブートキャンプ」は、読者に「交渉をしてみよう」と思わせてくれる、実際に役立つ本である。

https://www.instagram.com/p/BPRjNz5lvDf/

「交渉のうまい人」についての偏見

著者は、最初に、「交渉のうまい人」について広く信じられている偏見を否定する。
このような偏見があるために、「自分には交渉はできない」と思い込んでいる人が多くいるというのだ。

性格がタフでなければならない?

「交渉のうまい人はドナルド・トランプみたいに性格がタフでなければならない」というのは偏見であり、事実ではないという。

結果を左右するのは性格ではない。準備や進め方、そして交渉に挑む姿勢だ。勝者がいつもガキ大将やヤクザの親分とは限らない。(5頁)

そして、タフ・ガイへの対処法についても解説されている。

タフ・ガイタイプへの対処法がガキ大将に対するものと同じで、次のように扱おう。
・物怖じしない態度を見せることで、相手の意図をくじく。
・わがままと思える部分を徹底的に叩く。タフ・ガイは好人物に変身する可能性があるので、「そんな脅しはきかない」という態度を表に出し、相手のわがままをコントロールするのだ。(33頁)

「タフ・ガイ」も1つの交渉で使われる交渉姿勢・テクニックに過ぎず、対処が可能なものなので、大したことはないということだろう。
今度イカツイおっさんがタメ口で威圧的に迫ってきたら、まずは、そのタメ口がいかに失礼であるか、その威圧的な態度がいかに失礼であるかを徹底的に問いただしてやろう。

話し上手でなければならない?

「交渉のうまい人は話がうまくなければならない」というのも偏見であり、事実ではないという。

著者は、交渉の鍵は、話すことではなく、相手の話を聞くことだという。

後に学んだ事実は、「人の話を聞くことこそ成功の鍵だ」ということだった。交渉のテクニックをマスターしたければ、まず人の話を聞くこと。(7頁)

なお、相手の話を聞くことができるようになるための訓練方法についても解説されている。その方法は「口を挟まずに黙って聞け」というシンプルなものだ。

つまり、会話の最中に黙っている訓練をすれば、優れた聞き手となり、交渉の達人にもなれるということだ。(40頁)

いくら話が聞きたいといっても、話の腰を折っては何にもならない。口をはさみたければ、それが本当に必要かを確認しよう(43頁)

交渉に必要な資質

続けて、著者は、交渉に必要な10の資質を挙げる。その中には、類書ではそれほど強調されていないが重要と思われるものがいくつか挙げられている。

我慢ができる

著者は、我慢ができること、忍耐力があることが、交渉に必要であるという。

(1) 忍耐力のある側が交渉をリードし、不安に耐えられない側が譲歩せざるを得ない。
(2) ゆっくり交渉を進める方がミスは少ない。(27頁)

交渉は時間に余裕のある方が必ず有利になる。(60頁)

君が期限を決められるなら、交渉を有利に運べるし、逆に相手がその立場なら、君に不利な期限の設定を絶対に受け入れてはいけない。(69頁)

自分の周りでも、交渉ごとを抱えていることそのものがストレスだと言う人が多い。そういう人は、何でもいいから早く解決したい、と言う。
しかし、相手の要求を丸呑みすれば今すぐに交渉は終わる、と指摘すると、それは嫌だと言う。
要するに、自分の望むような結果を今すぐに実現して欲しいということなのだが、そんなことは無理である。「早く解決したい、早く解決したい」と言いながら交渉しても、有利な結果が実現できるはずがない。
我慢ができるというのは、交渉において本当に重要な資質であると思う。

なお、本書では、時間的な忍耐力についてだけでなく、「ねばる」ということについても言及されている。
著者は、最近は「ねばり強い」という言葉を聞かなくなったが、交渉においては「徹底的にねばる」という姿勢も大事だという。

著者は、不思議なエピソードを披露する。ある航空会社から、昨年稼いだマイレージが規定に達していなかったためゴールドカードの資格を失ったとの連絡を受けたという。著者は、航空会社に連絡し、ゴールドカードに戻すよう交渉した。

最初に電話に出たスタッフは、丁寧に「お客様のご要望はお受けできません」と断った。僕は彼女に礼を言って、しばらくしてまた電話をかける。2人目のスタッフは、こう答えた。「申し訳ございません。規定のマイレージに達していないお客様にゴールドカードを差し上げるのは、会社のポリシーに反しています」。僕は電話を切り、またしばらくしてから電話をかけた。最後に電話に出たスタッフの対応が素晴らしかった。「ブラドーさん、いつもゴールドカードをお使いいただきありがとうございます。もちろん、今年も継続してお使いいただいて結構です」(211頁)

何がどうなってこうなったのかは全然よく分からないが、とにかくねばればこういうこともあるということなのだろう。

問題の解決に集中できる

交渉がうまくなるには、相手の言い分を個人攻撃と受け取らない心がけが大切である。問題の解決だけに集中し、相手がどんな態度を取ろうと感情を抑えて合意を目指さなくてはならない。(31頁)

これもよく言われることではあるが、なかなかできない。
言葉づかいがどうだとか、態度がどうだとか、そういうことにいちいち引っかかっていては交渉などできない。

自分は、相手が外国人だと思うようにしている。オススメの方法である。
言葉づかいがタメ口でも、態度が偉そうでも、外国人だと思えば文化の違いだと思える。文化の違いだと思えば気にならなくなり、問題に集中できる。
そもそも、日本人同士だから同じ文化を共有していると思い過ぎなのだ。

決裂を覚悟できる

僕はこれを「ブラドーの法則」と名づけている。交渉には決裂する覚悟が必要だということだ。「まとめよう」という気持ちが強過ぎると「ノー」が言えなくなる。条件が不本意なものであれば、合意にこだわることなく交渉を打ち切るのがいいだろう。(32頁)

これも大事である。最悪の事態を常に考えておくということでもあると思う。
著者は、交渉が決裂した場合に自分がどうなるかだけでなく、交渉が決裂した場合に相手がどうなるかについてもよくよく考えろと言う。

自分の弱みばかり探していては、全体を見失い、敗北への道を歩み出すことになりかねない。ドナルド・トランプが交渉相手でも、「どうしたらいいだろう」とうろたえず、彼がここで合意しないとどうなるかを考えるのだ。(56頁)

交渉は「マキシマム」で始めよ!

続けて著者は交渉の具体的な方法について解説する。
よく言われるように、対立型の交渉ではなく、WIN-WINの交渉を目指せという話も詳しく書かれているが、それとあわせて、「交渉は『マキシマム』で始めよ!」という、知ってはいるが実行が難しい原則についても説明されている。
これは、要するに、最初の提案は、相手が応じる可能性のある範囲で自分に最も有利な案を提案せよ、ということである。

「マキシマム」で交渉を始めるベネフィットは3つある。
(1) 相手の期待値が下げられる。
(2) 譲歩の余裕ができる。多少の譲歩でも、相手を満足させられるかもしれない。
(3) 相手が「マキシマム」を受け入れる可能性もゼロではない。(95頁)

合理的に考えれば、ここに書かれていることに反論の余地はなく、最初にマキシマムの提案をしない理由は見当たらない。
ついつい先を読んだり遠慮したりして控えめの案を出してしまいがちだが、そういうことはしてはいけないのだ。

もっとも、「マキシマム」を見誤ると、その時点で交渉は終わってしまう。あくまで、「相手が応じる可能性のある範囲」でのマキシマムでなければならない。
その「マキシマム」をどう考えればよいのかについても、解説されている。

では、相手が応じる可能性のある最高のレベル、つまり「マキシマム」をどう見極めればいいのだろうか。答えは難しくない。相手に納得のいく説明さえできれば、それが「マキシマム」になり得るのだ。(96頁)

もし、君が「マキシマム」と思える条件を説明なしで提示すれば、相手は君に誠意がないと考え、交渉する意欲を失くすだろう。しかし、充分な説明さえすれば、相手も「その提示額には驚いたが理由は理解できる」と思ってくれるはずである。(97頁)

自分勝手なマキシマムを設定して遠慮するのではなく、相手が納得できる説明が可能なマキシマムを考えるべきなのだ。

19の基礎テクニック

さらに、本書では、交渉で用いられる「19の基礎テクニック」とそれへの対処法についても解説されている。そのなかでも、「脅し」、「既成事実」、「地ならし」は、なかなか面白い。

脅し

「脅し」は、提案に対して「なんだと!?」と返すだけという、超シンプルなテクニックである。

「脅し」は最もよく使われる戦術だ。例えば今、君が上司に給与の値上げ交渉をしているとしよう。現在の給与は5万ドル。君はここ5年間、インフレ分の値上げもないと主張し、「1万ドルアップの6万ドルにしてほしい」と上司に訴えた。すると上司が、信じられないような大声で叫ぶ。「なんだと!」。そのとたんに君は萎縮し、「僕の言っていることは夢のような話なんだ」と思い直してしまう。
君はこう返すしかない。「すみません、言い過ぎました。では、5万5000ドルではどうでしょう?」(133頁)

ただ一言で交渉してしまうというのが面白い。
「なんだと!」でなくても、「えぇ!?」でも、「6万ドル!?」でも、「昇給!?」でも、何でもいいんだろう。
今度何かの値段交渉するときは、「いくらですか?」「○○円です」「えぇ!?○○円!?」というやりとりをしてみよう。

なお、この「脅し」に対する対処法(ジョークで返す、何も言わない、脅し返す、など)についても本書ではきちんと解説されている。

既成事実

これは、既成事実をつくってしまうと、あとに引けなくなる、というテクニックである。

例えば君が、ガレージの塗装をする業者と契約したとしよう。内容は、1時間25ドルの仕事を15時間で完了させるというもの。しかし、15時間が過ぎても、塗装は4分の3しか完成していない。業者はあと5時間かかると言い、それにも1時間25ドルの支払いを請求してくる。125ドルも支払いたくはないが、塗装は4分の3しか完成していない。ここでやめれば、近所の笑い者になるし、クルマも駐車できない。さて、どうしたらいいだろう。(154頁)

ここでも、「既成事実」テクニックに対する対処法も3つほどきちんと紹介されている。「自分だったら『まぁとにかく完成させて』と言って塗装を完成させた上で、請求書に対して支払をしないだろうなぁ」と思ったら、それも対処法の1つとして書かれていた。

この「既成事実」は、ちょっと悪質な業者がよくやるパターンかも知れない。
浄水器取り付けちゃいましたよ、いまさら契約しないなんてダメですよ」など。

地ならし

この「地ならし」というテクニックには、感心してしまった。

典型的な例は、公共料金の値上げ通知だ。電力会社が、金曜日にいきなり「来週の月曜日から料金を値上げいたします」と通知してきたら、君はどう思うだろう。「そんなバカな。事前の通知なしでそんな話があるか」と怒って、すぐに電力会社に連絡するはずだ。そこで、電力会社がどんな戦術を取っているかを考えてみよう。通常、値上げは一年前に政府に申請され、実施の半年前には「○月から料金を値上げいたします」との通知が送られる。今日、明日のことで頭がいっぱいのユーザーは、そんな通知をもらったところでピンと来ない。半年先のことも、10年先のことも同じだ。やがて、値上げのひと月前になると、再び通知が送られてくる。ユーザーの反応はこうだ。「そうだ。前に聞いていた値上げが、いよいよ来月から始まるのか」(157頁)

たしかにそのとおりだ。
例えば1年後に更新料を払ってもらうことになっている場合、最初の契約時に説明したからといってそのままにしていたら、いざ請求したときに「聞いてない」とか「更新料なんてそもそもおかしい」と言い出す人もいる。
これは、聞いていないのではなくて、覚悟ができていなかったのだ。

予告を重ねて、準備を促し、覚悟を決めてもらっておけば、スムーズに支払ってもらえる可能性が高まる。

これは本当に活用すべきテクニックだと思う。

電話は折り返す

本書は、電話で交渉する場合の対処法についても解説されている。

電話を受けてしまえば、君は全く準備のない会話に突入することになる。しかし、電話をかける方には充分な準備ができている。準備のできた相手の質問に、全く白紙の君が答えるという状況では、君の不利は間違いなく、下手をすれば言わなくてもいいことを漏らす恐れもある。不要な譲歩もあるだろう。こんな事態を避けるには、返事を送らせるしかない。(161頁)

これもそのとおりで、交渉ごとの電話には出てはいけない。
準備をしてから折り返すに限る。

ところで、電話というのは、かかってくる方にとって本当に迷惑なものだと思う。
電話をかける側に、相手の仕事を中断させて自分の話に耳を傾けるよう強制する権利があるのだろうか。

そのうち電話にもイノベーションが起きて、「かかってくる方の迷惑」が解消されるサービスや技術がそのうち出てくるに違いない。
たとえば、電話をかける側は「会話リクエスト」みたいなものを送信して、その際に会話可能な時間帯も一緒に送信して、受ける側にはそのリクエストがメールなどのメッセージで届く。受ける側が会話に応じられる時間帯を指定して承諾すると、その時間に双方に対して電話が発信されて、会話ができる、みたいな。需要あると思うんだけど、誰かつくってくれないだろうか。

売り手・買い手の心構え

本書では、売り手、買い手の双方にとって必要な交渉のテクニックについても解説されている。
その中でも、売り手のテクニック(というようり心構え)は、考えさせられる。

価格に自信の持てないセールスマンは、ある間違った考えに支配されている。「値下げに応じなければ、顧客を失うかもしれない」という空想だ。しかし、現実はその反対である。価格にこだわりのないセールスマンは、顧客の信用を失うのだ。(173頁)

そして、価格が正当であることを示すための方法として、
1.その価格が相場であることを説明する
2.製品やサービスの価値・効能に焦点を当てて説明する
3.すべての買い手に同様の値引きをすることは無理だと言う
などの方法が解説されていて、参考になる。
また、仮に値引きをするとしても、注文数を増やすなどといった条件付きでのみ値引きするようにし、無条件での値引きはすべきではないという。

交渉へのモチベーションを高める

このように、本書は、様々なテクニックや対処法についても解説がされており、それぞれ参考になるが、それよりも、読者に「交渉しよう」と思わせてくれるところが素晴らしい。
「交渉」というものに関わる人や興味のある人すべてにオススメの本である。