無敵の男ひろゆき氏の生き様を惜しみなく披露する 「無敵の思考」

この本は,ひろゆき氏の生き様を説明する本である。お金や人づきあいなどに関するひろゆき氏の生き様がテンポ良く語られている。

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生活のランニングコストが自由を奪う

著者は,生活のランニングコストを上げないよう警告する。生活のランニングコストを上げてしまうと,自由が奪われるからだ。

生活を続けるお金,つまりランニングコストが高いと,そもそも,「仕事を辞める」という選択肢がなくなってしまいます。すると,どんなにイヤなことがあっても,「言われたことはちゃんとやらなきゃいけない」というマインドセットになります。
これが別に,生活レベルが低ければ,「じゃあ辞めるわ」と言って簡単に会社を辞めて,他の仕事を始めたりできます。
でも,社会人になってランニングコストを必要以上に上げてしまった結果,楽しむためではなく,その上がったランニングコストを維持するために時間を使い続ける人が多いのです。(7頁)

自分を顧みても,周りを見ても,確かにそのとおりだ。

しかも,一度上げてしまった生活水準を下げるのは非常に難しい。
収入が激減しているのに生活レベルを下げることができず,破産してしまう人すら多くいる。
家賃5万円の部屋から家賃10万円の部屋に引っ越すのは楽しいが,家賃10万円の部屋から家賃5万円の部屋に引っ越すのは心理的に非常に難しい。
恐ろしいことだ。
こんなことになるくらいなら,著者が言うように,収入が上がっても家賃5万円の部屋に住み続け,残りの5万円は別のことに使った方がいい。

著者は,経験から,最低月5万円あれば生きていけると感得しているという。
月5万円なら大学生のアルバイト程度でも何とかなる。
だから,嫌な仕事を続ける必要はないのだ。

これは,考え方の問題である。
そのように考えれば,そのような状態になる,という話だ。
今すぐそのように考えるだけでよいのだ。

高いものはダメージもでかい

著者は,高級時計を買わない理由について,このように言う。

それに,200万円の時計を腕に巻くことの優越感みたいなものはあるかもしれないのですが,万が一,落としたり傷つけたりしてしまったら,そのダメージはかなり大きいと思います。(175頁)

これもまたそのとおりだ。

先日,自分も旅行先で原付に乗っていた際に転んで腕時計にキズが付いてしまった。高いものではないので全く心理的なダメージはなかったが,これが自動車と同じくらいの値段がするような腕時計だったら,心理的ダメージは相当大きかったに違いない。
自分の腕時計はいつも小さなキズがあるし,携帯電話もいつもキズが付いてしまう。自動車もそうだ。何でもそうだ。キズを付けないように生活するなんてできない。
高い腕時計を買っても自分なら必ず傷を付けたり壊したりしてしまう。わざわざ自分の心理的ダメージを大きくするために高いお金を払うのはナンセンスだ。

迷うエネルギーが無駄

著者は,なにごとも情報を入手して選択をするのはかなりのエネルギーを要するため,選択肢を減らすよう努めているという。それによってストレスの少ない生活ができるというのだ。

たとえば,食事に行くとメニューを見て食べるものを決めるわけですが,それだって面倒なことです。なので僕は,自分で払うときは一番安い料理を見つけて,それでよさそうだったらそれを,それがイヤだったら2番目に安いものを探すという感じで,機械的に決めています。つまり,選択肢を無意識に減らす生活をしています。(24頁)

この発想はなかった。
値段が安い順に検討するというのが面白いし,「それでよさそうだったら」それにする,というのも面白い。

迷うエネルギーが無駄なのは確かだ。
例えば,自分も,出張の際の航空券やホテルを選び始めると,あっという間に時間が経ってしまう。
なので,東京出張の場合はこの航空会社の便でこのホテルと決めてしまっている。
定番やルールを決めてしまうというのは,とても良いことだ。

人づきあい

意外な人づきあい観

自由で個性の強い著者だが,意外にも,人づきあいに関してはその自由や個性を抑えているようだ。
先輩の言うことにはとりあえず従う,体育会系の人には体育会系のノリで体育会系のルールに従って接する,感情的な人には異論を言わず逆らわないようにする,など,経験から得た処世術のようなものが多く述べられている。色々と嫌な経験をしたことが窺われる。

また,女性と仕事をする際には一定の距離を置くという。

性コミュニティを敵に回してうまくいった人を,僕は見たことがありません。(51頁)

確かにそのとおりかも知れない。

「先生」という呼び方

また,意外にも,「先生」との呼び方に関して,著者は自分と同じ考えであった。

僕ははじめ,弁護士に「先生」を付けるのが嫌でした。別に,対等な立場と思っていましたからね。
ただ,年上の言うことを聞くのと同じで,実は「先生」を付けて呼ぶことには,何のデメリットもないと気づいたんです。しかも,それで相手が気をよくします。
けれど,もし「先生」を付けないと,中には気を悪くする人に出くわすかもしれません。「えらい」と言われているカテゴリーの人には,そういう地雷が発生する確率が高かったりします。
それがどの人かわかりませんから,「じゃあ全員,とりあえず先生って呼んどけばいい」というのが無敵の状態なわけです。(46頁)

弁護士とか,医者とか,先生と呼ばれる人たちの中には,たしかに,超個性的な人が多く,地雷を踏む確率が高い。
弁護士に「先生」と付けることに関して持論のある人は多いが,尊敬しているかとか立場が上なのかとかそういうことは自分としてはどうでも良いけれども,もし「先生」と付けずに「さん」と呼んで,怒られたり,気分を害されたり,失礼だと思われたりしたら,損だ。
著者の言うとおり,誰でもとりあえず先生と呼んでおけば無敵なのだ。

見たいものを見て,考えたいことを考える

見たいものを見たいように見る

著者は,見たいものを見たいように見て,考えたいことを考えたいように考えているようだ。
見たいものを見たいように見るためには,視力は良くない方がいいという。

目が悪いことでトクをすることはまだまだあります。
たまにメガネをかけると,それまでは「キレイだ」と思っていた女性が,そんなにキレイじゃないという悲しい現実に気づくことがあります。
現実がわかったほうがいいという人もいるかもしれませんが,自分のまわりの人が美人だらけだと思い込んでいたほうが,絶対に人生は楽しいはずです。(98頁)

考えたいことを考えたいように考える

また,考えたいことを考えたいように考えるためには,考えたくないことを忘れることが重要だ。
著者は記憶力が悪いというが,その方がストレスが少ないという。

僕が3日で忘れてしまうことを,1年も覚え続ける人は,それだけで100倍以上のストレスを受けています。(91頁)

禅の発想と同じだ。嫌なことを反芻して何度も再体験する必要は無い。
忘れる能力は,楽に生きるために重要なスキルなのだ。

イヤなものも好きになればイヤなものが減る

イヤなものについても,好きになればイヤなものじゃなくなるじゃないか,という発想で,好きになろうと試みる。

そういうわけで,「イヤなものが好きになる」という自己暗示が,たまに成功することがあります。 だから,すごくイヤなことでも積極的にやってみるとイヤじゃなくなって幸せに生きられるというわけです。(78頁)

素晴らしいポリシーだ。

衝撃の結末

このようにして本書では著者の生き様が語られているわけだが,巻末の「おわりに」で,面白い一文に出会うことができる。

とはいえ,この本は編集者の種岡健さんに,過去に書いたことや話したことをまとめていただいただけなので,ちゃんと自分で書いたのは,「おわりに」だけなんですけどね。(207頁)

これも,このような「おわりに」を書くのも,著者の生き様なのだ。

生き様

このように,この本は,全体を通じて著者の生き様を語っている。 自分の生き様に迷っている人にお勧めである。